色川浅葱

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連日深夜残業だったので今日こそは少しでも早く帰りたい浅葱は、そのあと必死に仕事を終わらせた。 「できました!」 リーダーに報告する。 「サーバーに置いて。確認するから」 言われた通り、ネットワークサーバーの決められたフォルダに保存する。 「入れました」  時刻は就業時間終了手前。後片付けしても残業なしで帰れるだろう。 (はあ、今日は早く帰れる)  ホッとした矢先、「手、空いた? じゃあ、諸田さんの仕事を回すから」と言われた。 「え?」  諸田は1年先輩で仕事ができないと噂されている。  遅くても誰かに迷惑を掛けても、一切悪びれることがない。  今ものほほんと座っている。  見た目はパンダに似ていてカワイイが、やっていることが癒しキャラには程遠い。 「納期に間に合わせるために、できる人がやる。それがチーム」  40代のリーダーは、何も知らない新人を指導するように言い含める。  仕事を一生懸命にやればやるほど仕事が増えていく人。何もしなくても仕事が終わる人。  評価はチームごとなので全員同じ。  定時が過ぎても、誰も帰宅しない。  仕事が終わって帰ろうとしても、『仕事はまだあるぞ』と回されてしまう。  終わっていないと言おうものなら、『終わっていないのに帰るのか?』と嫌味を言われる。 「分かりました」  諸田担当の仕事を引き受けた。仕上げるまで帰ることはできない。  自分の仕事が遅くて残業になるなら仕方がないと思えるが、必死に終わらせても他人の仕事が回ってくると力が抜ける。  担当だった人が当然のような顔をしているのも信じられない。 「そうだ。この前の会社パンフレットのコンペ。ダメだったよ」 「え? ……そうなんですか。……残念です」 「まあ、そうめげるな。次、頑張ろう」  リーダーは、浅葱が落ち込まないよう励ましてくれたが、残業までしたのにダメだったのだ。  自分の力のなさにめげる。  浅葱は自分の席に着くと、仕事に取り掛かったが、コンペ結果を思い出してはため息をついた。 「ハァ……」  鬱々とペンタブを動かす。  浅葱のファイルを確認したリーダーから声が飛んできた。 「悪い! 仕様変更があったんだわ!」  ガクリと(こうべ)を垂れる。 「納期は変わんないから。間に合わなかったら、評価に響くからな」 「えー!」  社内のお調子者・首浦がプッと吹き出した。 「ダセエ……」  首浦は、入社日が浅葱と同じのいつも浅葱のことを小馬鹿にする大卒の同僚。  髪型とか服装とかまでいじってくる。  浅葱が失敗すると大喜びで周囲に吹聴してまわる。  浅葱が近くにくると、「シッシッ」と追い払う。  浅葱の存在自体が彼を苛つかせるらしい。
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