色川浅葱

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「不思議な子だなあ。さてと……」  浅葱は周囲を見た。  朝日が射し込む自分の部屋。  時計は7時。登校まで時間はある。  通学カバンの中から進路希望調査表を取り出した。  そこには、『就職』と書かれている。  これを出せば、学校推薦が貰えて入社試験が免除される。  大学進学の場合は、希望大学を記入する。  そちらで出すと、受験時に提出する調査表の申し込みになる。  鉛筆で書かれた就職の文字を消しゴムで消し、進学に変更した。 『第一志望 ○○芸術大学、第二志望 XX美術大学、第三志望 △△工芸大学』と記入。  どれも憧れの大学だったから、すんなり決定できた。  書いただけで充分満足。  しかし、それも一瞬のこと。 「そういえば……」  書いた後で思い出した。進学を諦めた理由は、『学費』だったと。  芸術系はどこも高額。  家計に大学へ行かせる余裕はないと、常々、親から言われていた。 『高校出たら働け』  それが親の口癖だった。  普通の家庭と思っていたが、子供の学費を準備することより、『お金より思い出』と、遊興費を優先する両親だった。  大学に行くなら、奨学金が絶対条件。  卒業後、すぐに就職しなければ返済できない。 「結局、早弥のような人生は送れないんだ……」  進学と就職。  どっちに進んでも、不満にぶち当たるだろう。 「本当に、これでいいのかな……」  何度も考える。  手汗まで出てきて、制服のスカートで拭いた。 「私、こんなにチキンだったんだ……」  これを提出した時の気持ちまで思い出す。  今と同じ。  どうしよう、どうしようと迷いに迷って……。  学費を計算しては、今まで見たことのない金額に震え上がった。   ――自分にそれだけお金を掛ける価値があるのか。これを生かし切れると言えるのか。  ――両親を説得することもできないお前が、美術を学びに大学まで行って、何の結果も出せなかったらどうするつもりだ。  心の声が自分に問いかけてきた。  浅葱は、不安に負けて就職を選んだのだ。  その方が、お給料をもらいながらデザインの腕を磨けると考えたのもあった。
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