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「レンゲちゃん、私、どうしたらいいんだろう?」
相談しようと周囲を見るが、レンゲちゃんはいない。
「レンゲちゃん、出てきてくれないの?」
シーンとしている。
身長140㎝。頭の上にお団子を乗せていて、160㎝の浅葱からは常にそれを見下ろす形になる。
小さい体だけどその存在はとても大きくて、レンゲちゃんのいないところはエアポケットのように思える。
「いないのか……」
自分で決断しなければならないということだ。
浅葱は一生懸命に考えた。
(進学すべきか、就職すべきか……)
登校時間が来てしまったので、進路希望調査表をカバンに突っ込んで家を出た。
数年ぶりに学校で授業を受けた。
担任の先生、クラスメイトたちの懐かしい顔。
今見ると、高校生は若い。
懐かしい教室。自分の机。校舎の匂い。
鉛筆の匂い。ノートの匂い。
持ち込んだお弁当の匂いがどこからか漏れ出ている。
「ヤベエ! 洩れてる!」
男子が悲惨なカバンの中身を取り出した。教科書もノートもお弁当の汁で茶色く染みついている。
それを見るのは当然二度目だけれど、やっぱりおかしくて皆と一緒に浅葱も笑った。
「進路希望調査表を提出! うしろから集めてこい!」
ザワザワしながら生徒たちは教壇まで持っていく。
「大学、どこにした?」
「内緒」
「見せろよ」
「見せねーよ」
誰も自分のことは言わず、他人の進路に興味津々。
浅葱も提出した。
(もう後悔はしない)
自分の決めた道を行けばいいんだと言い聞かせる。
時間があったので、高校三年間のほとんどを過ごした美術室に行ってみた。
皆の作品が飾られている。
「ああ、これ……」
一番目立つように、文部科学省コンクールで『金賞』を受賞した自分の絵画が飾られている。
受賞の連絡を顧問の先生から聞かされた時は、部員全員で喜んでくれた。
輪になって浅葱の受賞を喜ぶ皆の姿が、まるで目の前で起きているかのように再現される。その中に心から祝福してくれる早弥もいた。
もっとも輝かしい過去。
これがあったから、前の会社にグラフィックデザイナーとして高卒ながらも採用された。
あそこもブラックで、先輩たちにいじめられて精神を病んで、何度も休職したあげく辞めてしまった。
(採用されたときは嬉しかったんだよな)
両親がお祝いしてくれたことを思い出す。
他の作品を眺めていると、早弥のもあった。
早弥は、コンクールに出しても佳作がせいぜいだった。
その早弥が成功している。
大学で学んで才能が進化したとは信じられない。
教授の人脈を使ったのだろうか。
歪な考えばかりが浮かぶ。
(だけど……、私の受賞を、早弥はとても喜んでくれた。それなのに……、私はひがんでばかり……)
己の醜さを嫌悪した浅葱は、顔を両手で覆って声を押し殺して泣いた。
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