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「料理はどうしますか?」
「炎加さんの天麩羅盛り合わせをください」
ここに来たら、これを食べなければ物足りない。
「今日の食材は、エビ、ハモ、トリガイ、豆クワイ、アケビの皮になりますが、苦手のものはありますか?」
(アケビの皮? 豆クワイ?)
普段では絶対に口にしない食材もあるが、蘇芳で美味しくないものはでないと信じている。
「何でも食べます。それと……」
メニューを眺めてしばらく迷うが、ようやく決めた。
「豚の角煮と肉じゃがをください」
レンゲちゃんの手料理も目当て。
「はい、どうぞ」
こちらはすぐに出てくる。
豚の角煮は、箸で切れるほど柔らかく、口に入れると繊維がホロホロととろけるように崩れていく。一度食べると病みつきになること間違いなし。
肉じゃがは、牛肉と皮付きの北あかりで出来ている。この皮が美味しい。
「ウウ……、おいしい……。ありがとう……」
自然の恵みとおいしく調理してくれた二人に対して、感謝の言葉が浅葱の口から出てしまう。
「天麩羅、お待ち」
炎加の天麩羅もほどなく出てきたので、端から食べていく。
豆クワイは、ほろ苦くホクホクしている。
「豆クワイって、おせちに入っているけど、天麩羅で食べるのは初めてかも」
「芽が出ていることから、『目が出る』ってことで縁起物だから。おせちでは含め煮だけど、油ととても相性がいいの。それで、うちでは天麩羅で出しているんだ」
「へえー。そこまで考えて食べていなかった。私も豆クワイを食べたから、目が出るかな?」
アケビの皮の天ぷらは、衣を通していても紫色が目に付く。
サクサク食べると、苦みはあるが、青海苔をまぶして風味がよい。クセになる味。
レンゲちゃんが浅葱に聞いた。
「会社を辞めて、これからどうするの?」
「私、大学に行こうと思って。幸い、使う暇がなくてお金は貯まっていたから。足りなければ奨学金を借りてでも行こうと思う」
気付くと結構な額の貯金ができていた。
これだけあれば、大学にいけるだろうと思えたのも後押しとなった。
働かなければなかったお金。就業中は苦しかったが、今は会社に少しだけ感謝の気持ちが持てる。
「せっかくレンゲちゃんに過去に連れて行ってもらったのに、結局同じ選択をしちゃった。ごめんね」
「それでも何かを掴めたんでしょ。顔に出ているもの」
光を宿す浅葱の瞳には、未来に対する希望が写っている。
「うん。あの頃考えていたことを改めて思い出したから。友人をひがむのはお門違い。自分で決めたことなんだから、頑張らなきゃって考えたら、嫉妬はどこかに飛んでいっちゃった。友人の個展にも花を贈って会場に足を運ぶつもり」
会社の人たちを見てよく分かった。適当に手を抜き、適当に仕事する。あれが彼らの処世術。
多勢に迎合して、適当にやっていれば自分も続けられたのかもしれない。
(それでも私は……)
ああはなりたくなかった。
美術室で早弥と切磋琢磨しあっていた頃を思い出せた。
早弥は親友でありライバルであり、彼女に負けていられないと強く思った。
生ぬるい仕事をしていたら、顔向けできない。
間違いに気付いたなら、軌道修正すればいい。
夢への第一歩を歩き出した今は、友人の成功を心から祝える気がする。
残っているアケビの皮と豆クワイの天麩羅を食べる。どちらも苦いが、その中に旨味が隠れた大人向けの味。
そして、人肌に温められた辛口の信州亀齢。
浅葱の心境にぴったりな味。
これは偶然じゃなく、レンゲちゃんの見立てだろう。
全てに深い意味がある、レンゲちゃんからのメッセージだ。
「あ、そうだ。レンゲちゃんに一つ聞きたいことがあったんだ」
「なあに?」
「レンゲちゃんは、何のあやかしなの?」
「エヘヘエ。私はただの子ども女将よ」
レンゲちゃんは、笑うだけで何も答えなかった。
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