色川浅葱

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 背も低いはずなのに、カウンター越しに浅葱を見下ろしている。  足元に踏み台でも置いているのだろうか。 「えーと……、私……」 「細かいことは考えなくていいから。これ、食べなよ」 「これ、食べなよ?」  勢いよく目の間に置かれた長皿には、三種のつまみが乗っている。 「今日のお通しのおばんざいは和え物三種です。左から、小松菜の胡麻和え、鶏皮ポン酢おろし和え、クラゲとカズノコのユズ胡椒和えです」  ビシ、ビシ、と、切れよく順番に指していく。  どれも日本酒に合いそうなお通しで、よだれが出てきた。 「えーっと、いただきます……」  状況がまだ呑み込めていないが、空腹を感じたので店の塗り箸を手に取ると口に運んだ。 「全部、美味しい!」  夢中で食べていると、女の子が聞いてきた。 「お酒は何にします?」 「えーと、メニューは……」 「はい、これ」  ドリンクメニューを渡してきた。  売りは日本酒のようで、種類が豊富。日本酒のソーダ割りやカクテルもある。 「たくさんあるのね。迷っちゃう」  ガッツリ飲むなら日本酒だが、ソーダ割りも軽く飲めそうで気になる。 「うちのおばんざいには日本酒が合うよ。今日のお勧めは奈良のみむろ杉」 「みむろ杉がお勧めって……」  まだ小学生の女の子から銘柄を勧められて戸惑う。 「子どもなのに、お酒が分かるの?」 「私、唎酒師(ききざけし)の資格を持っているから」 「子どもなのに? って、いうか、なんで子どもが居酒屋で働いているの? 今、何時?」  腕時計を見ると、1時を指している。 「昼の1時からお酒って……」 「昼じゃないよ、夜だよ」 「夜の1時!? え、ちょっと、待ってよ。夜の1時って、いつの間に? あ、会社! いや、それよりも、子どもは寝る時間でしょ!」  出社のため駅に行ったところまでは覚えているのに、そこから先は記憶がない。  何から確認したらいいのか分からなくなったが、とりあえずの疑問は、子どもが深夜1時に働いていることだ。
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