色川浅葱

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 レンゲちゃんは優しく言った。 「ここでは細かいことを気にしなくていいんです。すべてを忘れて美味しいお料理と美味しいお酒を堪能する。それがここにきたお客様の使命」  子どもに教えられることに驚き、客なのに使命を求められることにも驚く。 (でも、そうよね。こういう店って、嫌なことを忘れて楽しむために来るんだし)  楽しむことが義務と言われると、肩の荷が下りる気がする。  本人の店だというのなら、これ以上口出しはできない。 「お酒、どれにしますか?」 「じゃあ、お勧めのみむろ杉を冷やで」 「はい、どうぞ」  素早くガラスの徳利を出してきた。  別口のポケットに氷を入れて、内部で間接的にお酒を冷やす仕組みになっている。  それをおちょこに注ぐと一口含んだ。  米の甘みが先に来て、後から辛みがやってくる。豊かな旨味。 「美味しい。それに、とても飲みやすい」 「そうでしょう。今年は特に出来がいいって評判なの」 「自分は飲んだことないのね?」 「子どもだから。唎酒師(ききざけし)の資格はペーパーで採れるんだ」  もしかしたら子どものような大人なのかとも思ったが、そこは否定しなかった。
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