色川浅葱

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「働くレンゲちゃんを見て会話して、お酒飲んで料理を食べているうちに、すっかり元気になって。子どものレンゲちゃんが大人のように働いているのに、自分は何やってんだと激励された気がして」 「それで、会社の方はどうなったんですか?」 「ここで気力を取り戻した私は、翌日、取引先に乗り込んで小切手を取り返してきました!」 「うわあ! やりましたね!」 「でしょう! 私、やったんですよ!」  諏訪は、大きく手を広げてその時の喜びを表現した。 「小切手を取り戻したことを祝って、乾杯ですね」 「ありがとう」 「乾杯!」 「乾杯!」 「おめでとう! 諏訪さん!」  レンゲちゃんも小さなかわいい手で拍手した。 (諏訪さんが死ななかったことにも乾杯だわ。……あれ? 何か、引っ掛かるんだけど……)  浅葱の頭の中に、小さな記憶の断片が次々と浮かびあがってくる。  駅のホーム。朝のラッシュ。人混み、特急電車……。 「お酒、無くなっていますよ。お代わりはいかがですか?」  レンゲちゃんに声を掛けられて我に返る。 「あ、じゃあ、みむろ杉を。それと、先ほどの天麩羅を私にもください」  みむろ杉と併せて、天麩羅盛り合わせも注文した。 「天麩羅!」  レンゲちゃんが奥で待機していた炎加に注文を入れると、のそっと立ち上がって天麩羅を揚げ始めた。  浅葱は、思わず働く後ろ姿を見つめる。 「イケメンには敵わないか」  諏訪は苦笑した。 「いえ、そういう事ではないです!」  すっかり気持ちがばれているのに、無駄な抵抗をする。 「眼鏡を外せばイケメンだと、私もよく、……いや、たまに言われるんですよね」  諏訪が眼鏡を外してアピールするが、浅葱の心はまったく動かされない。 「あれ? だめか……。レンゲちゃんはどう?」 「諏訪さん、イッケメエン!」  明らかに、よいしょ。 「ウウウ……。レンゲちゃんは日本一優しい子だ」  諏訪は、泣きながら酒をグイ飲み。 「秋の天麩羅盛り合わせです」  炎加が運んできてくれた。揚げたてだから、これも白い湯気が立ち上っている。 「ありがとうございます」  丁寧に頂戴しつつ話しかける。 「炎加さんは、揚げ物担当ですか?」 「そうです。レンゲちゃんは仕込みに時間が掛かる料理の準備と、お客さんの話し相手をするから、カウンター内で出来る料理をします。僕は話し下手でお客さんを楽しませる会話が苦手なんで、いつも奥にいます。他は、重いもの運びとか、掃除とか、高い所の担当ですね」 「レンゲちゃんのアシストをされているんですね。素敵」  恰好つけずに正直なところがいい。 「私にも炎加さんのようなアシスタントがいたら毎日嬉しいのに」  諏訪が愚痴を言った。 「え? どこが素敵? イケメンだと、高い所のものを取るだけで素敵と思われるのか?」 「諏訪さん、ひがまない、ひがまない」 「レンゲちゃん! 慰めて! ヨシヨシして!」 「ヨシヨシ……」  レンゲちゃんが小さな手で諏訪の頭をなでて慰めた。
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