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あやかし恋女房昔語り
深夜1時から3時の間だけ現れる、銀座9丁目丑の刻横丁。その前を通っても、縁がなければ目に入らず存在を歯牙にもかけないが、縁のある人間ならば、提灯のぼんやりした灯りに誘われ、ここは何だろうと足を踏み入れ、妖しい雰囲気に気圧され、圧倒され、そして魅入ってしまう不思議な横丁。
いつの時代からあったのか定かではないが、銀座の興隆をともにしたことは間違いない。
色川浅葱が丑の刻横丁の蘇芳に一人で入ると、子ども女将のレンゲちゃんが元気よく呼び込んだ。
「いらっしゃい! あら、浅葱さん!」
「こんばんは」
久しぶりの再会をお互いに喜びあう。
「元気だった?」
「うん。レンゲちゃんと炎加さんの顔を見たくなって来ちゃった。それだけじゃないんだけどね。今日は嬉しいことがあって、その報告と、ちょっとした祝杯を上げに来たんだ」
「えー、何々?」
レンゲちゃんは、いいことがあって店まできてくれたその気持ちがとっても嬉しい。
「私、大学に受かったの」
「うわあ! おめでとう!」
レンゲちゃんが飛び上がって喜んだ。
「あれから美大専門の予備校に通って、短期間みっちり勉強したの」
「大変だったね。頑張ったね」
「うん」
レンゲちゃんは、我がことのようにニコニコと話を聞いてくれる。
炎加が奥から皿を持って出てきた。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
イケメンの炎加に祝われると照れくさい。
「これ、お祝いです。どうぞ」
見慣れない甘辛のタレを絡めたから揚げを出してきた。小さい魚のようなものが、10個ほど山もりにされている。
「ありがとう。これ、魚?」
「スズメ焼きです」
「スズメ!?」
吃驚して大きく目を剥いた。
その表情を「フフフ……」とレンゲちゃんが面白がる。
「炎加、説明が足りないよ。浅葱さん、正式にはフナのスズメ焼き。小ブナなんだよ。開いた形がスズメに似ているから、スズメ焼きっていうだけ」
「フナなんだ……」
スズメじゃなくて良かったと思った。
「小ブナを開いて干してから揚げにして、甘辛のタレを絡ませて、酒の肴には最高の味よ」
小さいフナなので、下処理には手間がかかりそうだ。
「手間が掛かるのに、ありがとう。いただきます」
炎加に祝われたことが浅葱をことさらいい気分にさせる。早く飲みたくなった。
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