あやかし恋女房昔語り

1/26
169人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ

あやかし恋女房昔語り

 深夜1時から3時の間だけ現れる、銀座9丁目丑の刻横丁。その前を通っても、縁がなければ目に入らず存在を歯牙にもかけないが、縁のある人間ならば、提灯のぼんやりした灯りに誘われ、ここは何だろうと足を踏み入れ、妖しい雰囲気に気圧され、圧倒され、そして魅入ってしまう不思議な横丁。  いつの時代からあったのか定かではないが、銀座の興隆をともにしたことは間違いない。  色川浅葱が丑の刻横丁の蘇芳に一人で入ると、子ども女将のレンゲちゃんが元気よく呼び込んだ。 「いらっしゃい! あら、浅葱さん!」 「こんばんは」  久しぶりの再会をお互いに喜びあう。 「元気だった?」 「うん。レンゲちゃんと炎加さんの顔を見たくなって来ちゃった。それだけじゃないんだけどね。今日は嬉しいことがあって、その報告と、ちょっとした祝杯を上げに来たんだ」 「えー、何々?」  レンゲちゃんは、いいことがあって店まできてくれたその気持ちがとっても嬉しい。 「私、大学に受かったの」 「うわあ! おめでとう!」  レンゲちゃんが飛び上がって喜んだ。 「あれから美大専門の予備校に通って、短期間みっちり勉強したの」 「大変だったね。頑張ったね」 「うん」  レンゲちゃんは、我がことのようにニコニコと話を聞いてくれる。  炎加が奥から皿を持って出てきた。 「おめでとうございます」 「ありがとう」  イケメンの炎加に祝われると照れくさい。 「これ、お祝いです。どうぞ」  見慣れない甘辛のタレを絡めたから揚げを出してきた。小さい魚のようなものが、10個ほど山もりにされている。 「ありがとう。これ、魚?」 「スズメ焼きです」 「スズメ!?」  吃驚して大きく目を剥いた。  その表情を「フフフ……」とレンゲちゃんが面白がる。 「炎加、説明が足りないよ。浅葱さん、正式にはフナのスズメ焼き。小ブナなんだよ。開いた形がスズメに似ているから、スズメ焼きっていうだけ」 「フナなんだ……」  スズメじゃなくて良かったと思った。 「小ブナを開いて干してから揚げにして、甘辛のタレを絡ませて、酒の肴には最高の味よ」  小さいフナなので、下処理には手間がかかりそうだ。 「手間が掛かるのに、ありがとう。いただきます」  炎加に祝われたことが浅葱をことさらいい気分にさせる。早く飲みたくなった。
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!