第二章

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「あのさー、実はこれからが本題っていうかなんていうか」  斜め後ろにいるせいか、夕刊を広げようとしていることに気づいていないらしい。  話を続けるコウに構わず夕刊を広げると、三人の男の顔写真が視界に飛び込んでくる。  朝刊でみた、イデアの主犯たちだ。 「美玖、まだ進路決めてないじゃん? だったらさ、神官なんてどう? そしたらさ、アスカちゃんだって喜ぶし」 「……避難勧告?」  美玖のつぶやきに、コウが振り向いた。夕刊を凝視する美玖に訝った表情をして、手前から紙面を覗きこむ。 「どしたの?」 「市民に避難勧告が出たらしい。イデアの動きが過激すぎるからだ」  イデアは、要求を呑まない神王に苛立ち、東区のあちこちに爆弾をしかけているという話だ。東区は主に国営の文化芸術関連の建物が多いが、民家がないわけではない。  そういった東区に居住を構える貴族や一般市民ら二百棟に対して、避難勧告が出たのだ。 「……なんか、益々わけがわからない集団になってきたね。ただ危ない武装勢力って感じ」 「そうだな」 「ちょっと貴方達―、なにやってるの? もう寮に戻る時間でしょう」  後ろから声をかけられ、揃ってふり返る。律が、本を小脇に抱えて立っていた。  一瞬だけ目が合ったが、すぐに律から視線をそらした。  若干の、違和感。  律が何も言わないのだから、美玖も、何も言わないことにした。 「高等部なんだから、違反したら卒業に響くわよー」 「はーい。もう戻りまーす」  律が早くしなさいと急かし、二人で踵を返した。  見れば、辺りは真っ赤な夕陽から薄暗いグレーに変わっている。この季節に陽が落ちているということは、七時は過ぎているだろう。  たしかにそろそろ戻らなければ、施錠に間に合わない。 「でもさ、なんでアスカちゃんが夕刊渡してきたのかな」 「……気づいているのかもな」  そう呟いて、また新聞を広げた。何かないかと細かな記事の見出しに目を通していくが、気になるものはない。  最後、裏面にさしかかったとき。見なれた長髪の男――敷島勇人の顔写真があった。大きな文字で「敷島邸襲撃事件、遺体判明」と印字されており、敷島教授死去と続いている。  イデアの記事が重要で、次に目につく裏面に回されたのだろうが、表の記事以上に大きくスペースを取っていた。  それだけ偉大な人間だったのだ、敷島勇人という者は。  不思議と、悲しみはやってこない。  やはり死んでいたのか、とぼんやり思っただけだった。  アスカはおそらく、このことを知らせたかったのだろう。  敷島に養子がいたことは表だって知られていないが、少し調べればわかることだ。  学習校舎への編入やその日付などから、彼女は美玖が敷島の養子だったことに気づいたに違いない。  寮が見えてくると、青服の警備兵が玄関を施錠せんとするところだった。 「あっ、ちょ、待ってー!」  コウが両手をばたばたとふり、駆け出した。美玖もそのあとについで、夕刊を折りたたみながら駆け出す。  施錠までに寮内に入るのは当然で、間に合わなければ減点と罰則が待っているのだ。  そのとき――爆音が響き渡った。  大気を震わすほど振動が空気を伝い、辺りをビリビリと痺れさせる。  突然のことだった。  美玖はおどろいて足を止めて、音がした方へ顔を向けた。  遠方で黒煙が巻き上がっているが、然程遠いわけではない。遠く見積もっても、神王殿内だ。 「まさか、テロか」 「ちょ、美玖大丈夫?」  コウが忙しなく戻ってきた。  彼もまた驚いたように、黒煙を見つめては顔をひそめている。  施錠のために寮へきた警備兵が、トランシーバーを耳に当てて慌ただしく会話をはじめた。  突如、耳をつんざくサイレンの音が、響き渡った。  寮の二階三階の窓から、生徒たちが一斉に顔をのぞかせる。 「君たち、寮へ入りなさい!」  警備兵が、美玖たちを急かした。 「はーい。行こう、美玖」  ああ、と頷いて、寮の門に身体を滑り込ませた。  ガチャン、と古めかしい音が響いて、外側から寮を施錠される。    今しかない。  美玖は、そう思った。  *
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