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「僕、嬉しいんだよ。友達できちゃったー」
「貴方にはクラス中に友達がいるでしょう。他の方々にもちょっかいだして、迷惑をかけるのをやめなさい」
「ひどっ、僕まるで汚物じゃん! 迷惑かけてないよ。遊んでるのさぁ」
髪を掻きあげてみせるコウから視線を外し、アスカは美玖へ向き直った。
「この者が迷惑なら、教員へ報告していただいて大丈夫です。――ここが、高等部の学舎です。この先に寮があり、準ずる細かな規則もあります。くれぐれも気をつけてください。規則に関しては、寮の部屋に一冊の本としてまとめ置かれているはずです。それから」
「ねぇねぇ、美玖。あっち行こうよ」
コウが、美玖の腕を引っ張った。
身体が強張り、手袋をつけているか確認する。
大丈夫だ、手袋はつけている。
彼を、殺してしまうようなことはない。
「コウ、あなたっ」
「僕が案内しとくよっ、美玖は僕の親友に決定だからねぇー」
アスカが手を伸ばしたが、その手は美玖の服に触れて滑り、掴むまでは至らなかった。
「おい、叫んでいるが」
「いいのいいのー。あれはね、僕に対する愛の現れなんだよ。何を隠そう、アスカちゃんに僕はメロメロだからね!」
「言葉が矛盾している。どっちがどっちを好きだって?」
「僕がアスカちゃんにめろめろ」
あはは、と笑いながら前を走るコウに、美玖は仕方なくついていく。
ふり払って戻ることもできたが、それをしなかったのは、コウがクラスに友人が多いと聞いたからだ。
力ある者には逆らうな。
特に、新参者のうちは。
嫌というほど、義父である敷島に教え込まれたことだった。それはそのまま、あの男の人生を物語っているのだろう。
高等学舎から十分離れたころ。
コウがとつぜん視界から消えた。
前を走っていたはずが、地面に這いつくばっている。
「……大丈夫か」
「あはは」
滑って転んだらしく、恥ずかしそうに顔をあげた。そのまま芝生の上にだらしなく座ると、手を伸ばしてきた。
起き上がるのか、と思い手を掴むと、反対に引っ張りこまれて芝生の上に膝をつく。
「おい」
「なんか、美玖って片っ苦しいね。僕と正反対」
「いやなら、構わなければよかろう」
「それ! その話し方。でもなんか、優しそう。手を貸してくれたし……それも、僕と正反対だよねぇ」
美玖は眉をひそめた。
美玖自身、自分が優しそうだとは思わない。そこは否定できるが、彼が結局なにを言いたいのかわかりかねたからだ。
「戻ろう。日が暮れる」
「まだまだあるよ、日暮れまでは。ねぇねぇ、もっと話そうよ。二人きりでさー」
「っ、気色悪い、くっつくな」
「ひっどい! 僕が女の子ならいいの?」
「いいわけがない。兄さん以外は皆、かぼちゃだ」
「……意味わかんない。っていうか、美玖ってブラコン? 俗に言うブラザーコンプレックス? わわ、はじめてみた!」
美玖は不機嫌を露わに立ち上がった。
笑いを押し殺した表情のコウが、服の裾を掴んでくる。
「待って待って。お兄さんも、ここにいるの? 研究者?」
「知らん。いや、いない。いないが、お前には関係ない」
「ふーん。まぁ、でも僕らって皆兄弟みたいなものだよねー。同じクローン施設から生まれたんだし?」
「全然違う!」
大切な兄を、その他のクローンやコウみたいな者と一緒にされてはたまらない。
掴まれていた腕をふり払い、早々に寮へ戻ろうと足を急がせた。
「まだ案内してないよー」
やはりというか、コウもついてくる。
美玖は考えを改めた。この男がクラスで人気があろうと、知ったことか。
媚を売るくらいなら、必要ない。
そう決めつけたとき、ぐいっと背中から飛びつかれて足を止めた。ぐらついた身体を支え、こけなかったことにほっと安堵する。
「ほっそ! 身体細いよ、肉ちゃんと食べてる? バイオ肉って貴重らしいけど、貴族の間では普通に食べるんでしょ?? 字持ちってことは、貴族の家で」
「重いっ」
ぐいっと押し返そうとした寸前で彼の身体が離れ、あははーと笑うコウが視界に写る。
「僕たち、仲良くなれそうな気がする」
どこが。
そう思ったが、美玖は口に出さなかった。
余計なことさえしなければ、邪険にするつもりはない。しかし、必要以上に関わる必要もない。
クローンの同期というのは、そういうものなのだ。
ただにっこり笑うコウに、美玖は相手にするのも無駄だというように、顔を反らした。
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