第一章

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「僕、嬉しいんだよ。友達できちゃったー」 「貴方にはクラス中に友達がいるでしょう。他の方々にもちょっかいだして、迷惑をかけるのをやめなさい」 「ひどっ、僕まるで汚物じゃん! 迷惑かけてないよ。遊んでるのさぁ」  髪を掻きあげてみせるコウから視線を外し、アスカは美玖へ向き直った。 「この者が迷惑なら、教員へ報告していただいて大丈夫です。――ここが、高等部の学舎です。この先に寮があり、準ずる細かな規則もあります。くれぐれも気をつけてください。規則に関しては、寮の部屋に一冊の本としてまとめ置かれているはずです。それから」 「ねぇねぇ、美玖。あっち行こうよ」  コウが、美玖の腕を引っ張った。  身体が強張り、手袋をつけているか確認する。  大丈夫だ、手袋はつけている。  彼を、殺してしまうようなことはない。 「コウ、あなたっ」 「僕が案内しとくよっ、美玖は僕の親友に決定だからねぇー」  アスカが手を伸ばしたが、その手は美玖の服に触れて滑り、掴むまでは至らなかった。 「おい、叫んでいるが」 「いいのいいのー。あれはね、僕に対する愛の現れなんだよ。何を隠そう、アスカちゃんに僕はメロメロだからね!」 「言葉が矛盾している。どっちがどっちを好きだって?」 「僕がアスカちゃんにめろめろ」  あはは、と笑いながら前を走るコウに、美玖は仕方なくついていく。  ふり払って戻ることもできたが、それをしなかったのは、コウがクラスに友人が多いと聞いたからだ。  力ある者には逆らうな。  特に、新参者のうちは。  嫌というほど、義父である敷島に教え込まれたことだった。それはそのまま、あの男の人生を物語っているのだろう。  高等学舎から十分離れたころ。  コウがとつぜん視界から消えた。  前を走っていたはずが、地面に這いつくばっている。 「……大丈夫か」 「あはは」  滑って転んだらしく、恥ずかしそうに顔をあげた。そのまま芝生の上にだらしなく座ると、手を伸ばしてきた。  起き上がるのか、と思い手を掴むと、反対に引っ張りこまれて芝生の上に膝をつく。 「おい」 「なんか、美玖って片っ苦しいね。僕と正反対」 「いやなら、構わなければよかろう」 「それ! その話し方。でもなんか、優しそう。手を貸してくれたし……それも、僕と正反対だよねぇ」  美玖は眉をひそめた。  美玖自身、自分が優しそうだとは思わない。そこは否定できるが、彼が結局なにを言いたいのかわかりかねたからだ。 「戻ろう。日が暮れる」 「まだまだあるよ、日暮れまでは。ねぇねぇ、もっと話そうよ。二人きりでさー」 「っ、気色悪い、くっつくな」 「ひっどい! 僕が女の子ならいいの?」 「いいわけがない。兄さん以外は皆、かぼちゃだ」 「……意味わかんない。っていうか、美玖ってブラコン? 俗に言うブラザーコンプレックス? わわ、はじめてみた!」  美玖は不機嫌を露わに立ち上がった。  笑いを押し殺した表情のコウが、服の裾を掴んでくる。 「待って待って。お兄さんも、ここにいるの? 研究者?」 「知らん。いや、いない。いないが、お前には関係ない」 「ふーん。まぁ、でも僕らって皆兄弟みたいなものだよねー。同じクローン施設から生まれたんだし?」 「全然違う!」  大切な兄を、その他のクローンやコウみたいな者と一緒にされてはたまらない。  掴まれていた腕をふり払い、早々に寮へ戻ろうと足を急がせた。 「まだ案内してないよー」  やはりというか、コウもついてくる。  美玖は考えを改めた。この男がクラスで人気があろうと、知ったことか。  媚を売るくらいなら、必要ない。  そう決めつけたとき、ぐいっと背中から飛びつかれて足を止めた。ぐらついた身体を支え、こけなかったことにほっと安堵する。 「ほっそ! 身体細いよ、肉ちゃんと食べてる? バイオ肉って貴重らしいけど、貴族の間では普通に食べるんでしょ?? 字持ちってことは、貴族の家で」 「重いっ」  ぐいっと押し返そうとした寸前で彼の身体が離れ、あははーと笑うコウが視界に写る。 「僕たち、仲良くなれそうな気がする」  どこが。  そう思ったが、美玖は口に出さなかった。  余計なことさえしなければ、邪険にするつもりはない。しかし、必要以上に関わる必要もない。  クローンの同期というのは、そういうものなのだ。  ただにっこり笑うコウに、美玖は相手にするのも無駄だというように、顔を反らした。  *
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