第一話:死神教授ときたいのしんじん

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 オーストラリア進出計画を一気呵成に仕上げて、さあこれから行動開始と言うところで、思わぬケチがついた。  都内の某団地で作戦行動を行っていた怪人部隊が、やたらと光り輝くコスチュームに身を包み、メタリックな覆面をした何者かと遭遇、戦闘の上撃退されたという。相手はたった一人で怪人部隊と交戦したと言うから、吾輩の脳裏を嫌でもオーストラリアに居るはずの、あやつの姿が過ぎったことは言うまでもなかろう。  が、ほうほうの態で戻って来た戦闘員たちに話を聞くと、どうやら彼らの前に現れたのは、覆面ホッパー=結城志郎とは違う、全く別の敵らしい。まあ、総統閣下にも述べた通り、予想の範囲内ではある。となれば、吾輩の成すべきことも、自ずと決まってくるというものだ。  まず、数人の戦闘員を選び、我がチョーカーの秘密作戦が関東近郊の某採石場で進行中である、との情報を吹き込む。後は、その戦闘員を適当に泳がせておけば…。  と言う訳で採石場で待つこと三十分。相手がまんまと真っ赤な軽ジープに乗ってやって来ましたよ。こいつらの頭には疑うと言う単語は無いのか?と半ば吾輩は呆れながらも、お約束とばかりに仕込んでおいた地雷をいくつか爆発させた。あ、車ひっくり返ったぞ。  と、移動手段を失った相手は暫くゴロゴロと斜面を転がっていたが、やがて体勢を立て直し、一生懸命こちらに向かって駆け上って来た。何気に足速いなこいつ。  そのまま全速力で吾輩たちが待ち受ける高台まで登り切ったは良いのだが、吾輩が問いかけようとすると、男はその場で右手を前に、左手を膝に当てて固まってしまった。ゼェゼェと肩で息をしているが大丈夫か?それよりも、この陽気にその革ジャンは暑すぎないか??  そのまま待つこと数分。やにわに上身体を起こした男は大袈裟な身振り手振りを交えながら、唐突かつ、全く何事も無かったかのように話し始めた。「出たなチョーカーの怪人共め!この、西小之洋(にしこ・ゆきひろ)が来たからには、貴様達の好きにはさせんぞ!」…いや、出たも何も、かれこれ三十分前から顔を突き合わせてますけど。  「突然だが、ここでクイズの時間だ!」戸惑う吾輩達を尻目に、ますます訳の分からないことを言い出す西小と名乗る男。援軍を呼ぶ為に時間稼ぎをしているのか?と疑わないでもないが、どうやらそうでもないらしい。「では質問だ。日本国憲法は全部で何条ある?さあ、答えろ!」  質問の意図すら掴めず、どう返答したものかと黙り込む吾輩達を見て、どうやら男は勝手に答えられないと受け取ったらしい。そこからはもう、滔々と自己中語りが止まらない。  …ウザい。  以下延々と続くあまりの長広舌に、ついに吾輩の忍耐力も限界を迎えた。そして一足飛びに男との距離を詰めた吾輩は、出来うる限りジェントルに、だが断固たる力を添えて、男の胸をそっと押した。  「うわぁぁぁぁぁ…」登って来たばかりの急坂を、再びコロコロと転がり落ちていく男。その様子を振り返りもせず、吾輩たちは引き上げようとした。が…。  「ぉ…くも…」ほう、あれだけの距離を落下した割には、中々元気そうな声ではないか。察するに、やはり改造を受けているのは間違い無いらしい。聴覚と視力を調整し、改めて吾輩は崖下で踏ん張っている西小の姿をしっかりと視界に捉えた。  「チョーカーの怪人共め、我がコンバットスーツの威力を受けて見ろ…粘着!」  もうちょっと他にマシなコマンドコールは無いものか、そう思ったのも束の間、西小の身体は光に包まれ、次の瞬間、そこには銀色に輝くメタリックなボディを持つ男がポーズを取っていた。「平和を愛し、憲法を護る正義の戦士、特命刑事…ニコタン!」  『特命刑事ニコタンがコンバットスーツを粘着する時間は、僅か0.02秒に過ぎない。では、粘着プロセスをもう一度…』何となく勇壮なBGMに乗って、どこからかナレーションが聞こえて来た気がするが、いや、そういうの要らないから。  短い気合と共に、落差20メートルはあるかと思われる距離を軽々と飛び越え、空中で一回転しながら、ニコタンと名乗った特命刑事は我々の目の前にひらりと着地した。いやいや、だったら最初からコンバットスーツとやらを着て来いよ、と思ったのは内緒だ。  が、正直な話、もうこいつと付き合うのも良い加減うんざりしていた吾輩は、相手がファイティングポーズを取る前に、手にしたステッキのクリスタルを相手に向け、最大出力で一撃をお見舞いしたのだった。  忽ち空の彼方に光点となって消え去るニコタン。一応、五体満足なままで飛んでは行ったが、いずれにせよ中身が衝撃から無事で居られるとは思えない。まあ、ちょっと前には吾輩共々爆発四散しても、しれっと復活してきた覆面ホッパー=結城志郎の事もある。いずれは西小も復帰を果たす事は確実ではあるが。  それにしても、実に嫌なヤツと関わり合いを持つことになったものである。ため息をつきながらも、ふと吾輩は気付いた。ははあ、これは結城志郎も村松藤兵衛も、西小のあまりのウザさに匙を投げたに違い無い。  そう思い至ると、少しは肩の荷が軽くなった心地がした。ヤツが本邦に居る限り、二人が戻って来ることは二度と無い、そう確信が持てたからだ。  疲れた…。改造されている身でありながら、吾輩はどっと疲れが押し寄せてくるのを感じていた。早く帰って、秘書が淹れてくれるコーヒーでも飲むとしよう…。  『全てを我が物に。我が物は全て総統閣下の物に。ヘル、チョーカー。(ため息。)』
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