第一話:死神教授ときたいのしんじん

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第一話:死神教授ときたいのしんじん

 やあ諸君。この処めっきりとご無沙汰であったな。死神教授である。  春は出会いと別れの季節と言うが、吾輩にも予期せぬ別れが到来した。我が宿敵ども、村松藤兵衛と結城志郎が、二人揃って本邦から居なくなったのである。正直、せいせいした気分であることを、ここに告白せねばなるまい。  とは言っても、別に二人共我がチョーカーによって葬られた…訳ではない。忌々しいことではあるが、奴らは今もピンピンしておる。但し、ここから数千マイル彼方のオーストラリアで、だが。  表向きは、国際警察機構インターポールから、その悪の秘密結社との戦いぶりを評価され、直々にスカウトされて栄転した、と言う事になっているが、その内実はあれだな、良くある視聴率低下に伴うキャスト一新、テコ入れと言う奴だ。  …自分で言っていて、何を言っているかサッパリ解らんのだが、要は先日のバーチャル・リアリティ体感型侵略エンタテインメント、「わくわく侵略ランド」の顛末に対して責任を取らされた、いや、奴の事だ、おおかた自ら責任を取ると言って聞かなかった。とまあ、そう言う所であろう。  まあ、無理もあるまい。敵である悪の秘密結社の最高指導者。その正体が、身内も身内、かつ毒にも薬にもならないと思い侮っていた、喫茶店のアルバイト兼、秘密情報連絡員の小娘、その心に奥底に潜んでいた闇。誰かを支配したいという本能的な欲望から生まれた思念生命体だったのだからな。  さて、その時空さえも軽々と超える当の思念生命体は、相変わらず吾輩の執務室に入り浸っている訳だが…。  「ん?どうした、我の顔に何かついておるか?」執務机のすぐ脇、ふかふかの絨毯にうつぶせになりながら、携帯ゲーム機を一心不乱に操っている、幼稚園から小学校一年生くらいに見える少女が、こちらを見上げながら妙に大人びた口調で言う。  「カンナ様、遊びの時間はそれくらいにして、そろそろ執務に戻って頂きたいのですが…。」  「硬い事を言うな、死神教授よ。我とて仕事ばかりでは息が詰まる。たまにはこうして、息抜きもせねばな。」  いえ、私の知る限り、総統閣下がこの部屋から出ていくのを見た覚えがありませんが。そう心の中で呟く吾輩であった。その心のうちを見透かしたかのように、いや、恐らく本当に見透かしているのであろう、カンナ=総統閣下は例によって無邪気な顔で毒を吐く。  「例の覆面ホッパーとやらは、お目付け役共々、オーストラリアに飛ばされたと言うではないか。ならば少しばかり暇を持て余したとて、バチは当たるまい?」  「暢気なことを言っている場合ではありません。」吾輩は、ここで引いてはならぬと厳しい口調で言った。「奴らのことです、このまま黙って引き下がっている訳がありません。必ずや新しい改造人間を作り、我々に歯向かってくる事でありましょう。」そこまで言って吾輩は気付いた。うむ、これではまるで…。  「何を『あっち側』の言いそうなことを話しておるのだ?」可笑しそうにカンナが混ぜ返す。  「む…ともかくですな、いずれ奴らも戦線に復帰するでしょう。ですから、今のうちに戦力を拡充せねばなりません。」  「道理ではあるな。」カンナは真面目な顔に戻って頷く。「そちらの方は死神教授、宜しく頼む。ところでオーストラリアの方はどうなっておる?」  「は?」吾輩は一瞬、虚を突かれた。チョーカーはオーストラリア地区には拠点を有していない。地元の呪術色が強い組織が勢力を張っているからだ。彼らは非常に戦闘的で、誰とも組もうとはしない。先立ってのE20サミットにも、再三の招待にも関わらず、ついに一人の代表も寄越さずじまいであった。いや待てよ…、と言う事は?  「やれやれ、やっと気付いたか。」カンナは呆れ顔で言った。「なあ死神教授よ、お主は間違いなく仕事が出来る。忠義にも篤い。だが、どうにも頭が固い面があるな。時には敵を利用するくらいの図太さがないと、世界の征服など到底覚束ぬぞ。」  「はっ!」吾輩は思わず直立不動になり、寝そべったままのカンナ=総統閣下に頭を下げた。そう、覆面ホッパーと村松藤兵衛がオーストラリアで暴れ回れば、必ず組織の真空地帯が生じる。我がチョーカーにとって、勢力を拡大する絶好のチャンス到来ではないか。「お言葉、有難く頂戴致します。この死神教授、必ずや総統閣下の期待に応えて見せましょうぞ。」  「目立ちすぎるなよ。」カンナはそう言いながら立ち上がると、子供とは思えない、冷たい口調で付け加えた。「向こうで覆面ホッパー共と事を構えると面倒だからな。」  そのまま執務室を出ていくカンナ。吾輩は黙って頭を下げると、執務机に座り直し、今後の展開を考え始めた。仕事人間としての本領が戻って来るのを感じ、吾輩は少しばかり興奮を覚えていた。さあ、忙しくなりそうだ。
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