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私はがむしゃらに、彼の姿をした霧のようなものに手を伸ばす。しかし、何度掴もうとしても私の指は虚しく空を切るだけだった。
彼はそんな私を制止するように、目をつぶって首を横に振る。
「そんな姿見せられたら、ますます辛くなっちゃうでしょ。せめて最期くらい、笑って送ってくれよ。君の一番可愛い顔で」
「……さっきあれが最後の我儘だって言ってたくせに」
「ははっ。確かに」
彼は楽しげに声を上げる。
その表情のまま、どんどん溶けていく腕を前に伸ばした。
「じゃあ、またいつか、な」
彼は私の頭をぎゅうと抱き寄せる素振りを見せながら、私の背中のほうへすり抜けていく。
「ちょっと!」
私は慌てて振り返る。
「…………そんなこと言うなら、せめて、笑顔に、なれるまで、待っ、ててよ……」
彼は、消えていた。
窓を叩く雨は、少しだけ、小降りになったようだ。
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