第5話 我儘を君に贈ろう

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 私はがむしゃらに、彼の姿をした霧のようなものに手を伸ばす。しかし、何度掴もうとしても私の指は虚しく空を切るだけだった。  彼はそんな私を制止するように、目をつぶって首を横に振る。 「そんな姿見せられたら、ますます辛くなっちゃうでしょ。せめて最期くらい、笑って送ってくれよ。君の一番可愛い顔で」 「……さっきあれが最後の我儘だって言ってたくせに」 「ははっ。確かに」  彼は楽しげに声を上げる。  その表情のまま、どんどん溶けていく腕を前に伸ばした。 「じゃあ、またいつか、な」  彼は私の頭をぎゅうと抱き寄せる素振りを見せながら、私の背中のほうへすり抜けていく。 「ちょっと!」  私は慌てて振り返る。 「…………そんなこと言うなら、せめて、笑顔に、なれるまで、待っ、ててよ……」  彼は、消えていた。  窓を叩く雨は、少しだけ、小降りになったようだ。
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