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――――……。
危機感を感じた俺はテントから少し離れた場所に、絶望に平伏していた彼女を連れ出す事に何とか成功し、
「い、いいのか……!?本当にいいのか!?」
チケットを両手で握りしめ瞳をキラキラさせている彼女が目の前にいるわけで。
そう、どうせこのチケットは1名分。
ルビーとパドに渡しても喧嘩になるどころかルビーが強引に奪い取りパドが傷つくなんて結果は見えているだろう。
どのみちトラブルになるのであれば、最初から無かったものと考えれば何も問題あるまい。
だが彼女はひとつ溜め息をつくと小さく首を横に振る。
「しかしながら、チケットの転売は禁止されているんだ。気持ちはありがたいが……」
「お金貰わなきゃいいんだろ。譲るよ。だから元気出してくれ」
すると彼女はまたしても瞳を輝かせ、
「なっ……君は神か何かかッ……!!本当か!?本当にいいのか!?あとで返せと言われても返さないぞッ!?」
そんな風に興奮して喜んでるのを見れば、なんだかいい事をした気分にもなるってもんだ。
チケットに満面の笑みで頬ずりをしている彼女の歳は俺達と同じくらいだろう。
パドの話で有罪三姉妹のファンは男性が多いと聞いていた。
だが正直あの過激グループの音楽を聴いているような感じの女性ではないというか。
ルビーは別としてそのファン層の厚さには驚かされる。
「感謝するー!!君が与えてくれたこの恩は絶対に忘れんッ!!ふふっ」
その口調はどこか男勝りで堅苦しいが、淡い金色の髪を後ろで束ね、黄色い瞳が印象的な女性。
どこかの国の気の強そうなお姫様みたいな感じの凛とした顔立ちだが、緩み切った表情は年相応といったところか。
頬を伝う両サイドの髪は鎖骨当たりで白い筒状の留め具で纏められ、今まさにそれを揺らし喜んでいる。
彼女が纏う茶色の大きなローブの隙間から白いミニドレスを少しばかり覗かせている事から本物のお嬢様かと思ったが、
「あなたも猟師なんですか……?」
白い甲冑の一部が見えた事からそう判断した。
「ああ。今は仕事でナバールから来ているんだ。とはいえ理由はひとつじゃないんだがな」
貿易都市ナバールって猟師の聖地だよな……
そう照れ臭そうに話す表情豊かな彼女は、仕事の合間を縫ってライブに行きたかったという事だろう。
「『も』という事は君も猟師なのか?」
彼女は見た目に寄らず熟練猟師だったりするのだろうか。
「え、ええ。まあ。全然駆け出しみたいなものですけど」
「そうか。だがこのまま黙って受ける取るわけにはいかない。私に何か礼をさせてくれ。そうだな、うん。ではあそこで一緒に泡でも楽しむというのはどうだ?」
そう彼女がこちらを向いたまま人差し指を向けているのは『休憩3時間』と書かれているピンク色の建物。
泡……あわ……って……
「待て待て待て……!!お、落ち着けよ!!泡……!?」
「何をそんなに慌てている。心配するな、私のおごりだ。さあ一緒に泡を……」
俺の手を引っ張る彼女は自分が指を向けていた方向に顔をやるとその看板には、
『HOTEL泡泡ナイトらんど』
その途端『あわ……あわ……』と口をパクパクさせ事の重大さに気付いたのか彼女な顔はみるみる赤くなり……
「っふ、ふふふふ不埒者ッ!!わ、私が言っているのはシャンパンの事だ!!このけだもの!!エロ男!!」
「いやいや泡って言われてホテルを指されたら誰だって勘違いするだろ!!」
確かにその隣にはお洒落なバーがあるが、俺の言葉に聞く耳を持たない彼女は赤面したまま自分の胸に手を当て詰め寄ってくる。
「こ、この私がそんなにふしだらな女に見えるのか!?チケットだけならまだしも君の肉体を求め泡だらけの悩ましいマットレスで滑り倒すとでも!?」
「いやそこまでいってないだろ……!!」
「そ、それとも君はアレか、チケットを餌にこの私の身体を弄ぶつもりだったのか!?誇り高き猟師の女を凌辱する事を昔から夢に見ていたんだろう!!そんっなにイヤらしい身体なのか私はッ!!」
駄目だこの感じクォーツとかと一緒で面倒くさい……!!
「ちょっと落ち着けよ!!」
「こ、答えろ!!どうなんだ!?」
鼻息をあらげるな……!!
「……あーもう!どちらかと言えばな!!」
「そうか。私は……イヤらしいのか」
なんでそこで不時着するんだよ。
まあそんなこんなで、面倒な女を説得することに関してはプロフェッショナルな俺は、暴走する彼女をなんとか落ち着かせたわけで。
「すまなかった……つい」
とかいって反省の色を見せているが『つい』口走るような台詞ではない事は明らかな上、これ以上なにかあればトラブルに巻き込まれるのは目に見えている。
「あ、ああ。うん。全然いいんだ。それにお礼もいらないから」
「そうか。なんと無欲な男だ」
さっきまで俺の事を性欲の塊みたいに思ってたくせに何をいってやがる。
「だがこの恩はいつか返すと約束をしよう。それが私の信念だ。身体で返してやる事はできないが」
ひとこと余計なんだよ。
なんだかさっきの様子から嘘みたいに落ち着きを取り戻しているが再発すると危険すぎる。これはすぐ再発するタイプだ。間違いない。
「じゃ、じゃあ俺はこれで……」
そんな不安要素を感じた俺はその場を後にしようとするが、彼女は俺の顔をじーっと見つめている。
「ちょっと待ってくれ。君……どこかで見た顔だな」
「え……いや気のせいだよ。そろそろ帰らないと……」
「……なあ、君の名前を教えてくれないか?」
俺はその言葉を聞いた瞬間に高性能トラブル回避システムが発動し『お、おい』と彼女に引き留められそうになりながらも、
「名乗るほどの者じゃないよ。俺の分もライブ楽しんでくれ!!じゃ!」
その場から緊急離脱をして走り去る事に成功し『あ、ありがとう』と戸惑いながらも手を振り返してくれる彼女を背に大急ぎで車両に戻るのだった。
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