1:乱ジェリー of the デッド

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――――……その夜。  結局車に戻った時にはクォーツに『遅いッ!!どんだけ長いのよ!』と何故か大の方を前提に怒られ腑に落ちない部分もあったがそこは我慢。  そしてスピリアンの隔離壁を出た俺達は、都市から東に数十キロ先にある山のふもとで野営を張ることになり移動してきたというわけだ。  クォーツもその頃には服を着替え、いつも通りに戻ってしまった事に対して多少がっかり感は否めない。  一通り食事も取り終え、パドは車両の横でパソコンを使って会議用のレポートの作成。  ルビーは『風呂入りてぇな、浴槽ってその辺に落ちてる木で作れんのかな?』とか馬鹿な事をいっている。  クォーツは何してんだろう。  そう思った俺が車両の荷台の中を覗き込むと、小さなランタンの下、彼女は自分のノートに色々書き記しているようだ。  今日スピリアンで見た事や感じた事でも日記のように書いているのだろうか。  ここは茶化さず食事の後片付けでもしようか、そう考えて荷台を離れようとした時だった。 「ねぇクロ?そこにいるの?」 「え……ああ。どうかしたか?」  するとクォーツは荷台から顔を出し、 「丁度良かった。お願いがあって」  可愛らしいセリフでもいうのかな?なんて思っていた自分を呪いたい。 「水を汲んできて。この先の登山道に湧き水があるみたいだから」  クォーツが指さす先には20リットルほどのポリタンク4つ。 「え……あれ全部?」 「真水じゃなきゃ寝る前に顔を洗えないのよ」 「どんだけ洗うつもりなんだよ」 「まあいいじゃない。そこで暇そうにしてるルビーでも連れてって。じゃ」  と言って荷台のドアを腹立つくらいにスムーズに閉めたわけで。  一緒に行ってくれてもいいだろ。なんて事を思いながら後ろを振り返ると、 「ほら、いくんだろ。たまにはいいだろ」  すでにポリタンクに手を掛けているルビー。  クォーツの雑用に対し珍しく従順に従っている様子から、恐らく何か話したい事でもあるんだろう。  そう悟った俺は彼女に『ありがとう』と告げて一緒に登山道へと向かった。 ――――……。  スピリアンの東にある小さな山の登山道。  山頂へ続くであろう一本道をルビーを先頭にライトも持たずに歩いていた。  ルビーが『そんなの持たなくて大丈夫だろ』とその言葉通り、うっすらと暗い山道には自然の蝋燭が灯されているような幻想的な明かり。 「……蛍か。俺の田舎にもいるんだよ。綺麗な水辺が近い証拠だよ」  季節感を感じさせないその美しい生命の灯は、俺達の進む道を優しく照らすように……どこか懐かしさと共にそこで生きていた。 「……お前と一緒だな」 「どういう意味?」 「こいつらは混じりっ気のない本来の姿のままだ。お前とおんなじ」  時代が変わっても何も変わらない純粋な人間……という事だろう。 「そんな言い方するなっての」 「はは、冗談だよ」  そんな皮肉を織り交ぜるルビーにしばらく着いていくと、暗さに目が慣れるのと同時に聞こえてきたのは緩やかな川のせせらぎ。  月明りと蛍の光だけの幻想的な夜の山道を抜け、少しだけ開けた場所に出ると目的の小川はあった。  河原には白や灰色の石が宝石のように敷き詰められ、ルビーは『少し休もうぜ』と川辺の大きな石の上にそっと腰を降ろす。 「お前とふたりっきりでゆっくり話すなんてのは久しぶりだな」 「まあ言われてみれば……そうかも」  最後にふたりっきりって言えばゲイリーの店に初めて行った時ぐらいしか思い浮かばない。  その後はなんだかんだ誰か彼かいたし、何よりも今日みたいな落ち着いた空間じゃなかった気がする。  そして彼女はいつも通り煙草に火を着けると、こちらにもケースと愛用のジッポを差し出してくる。  いつもなら断っていたが、少し様子の少し違う彼女を見て有難く頂戴することに。 「……ルビー、こんなキツイの吸ってんのかよ」 「ったくダセーな。男だろ?」  そんな馬鹿にしてくるルビーを横目に、手元にあったジッポに目を落とすとその側面には『88』という数字が刻まれていた。 「へぇ、88小隊の数字が入ってんだな」  自分の小隊への愛……なんて思っていたのだがルビーは少しだけ首を横に振る。 「その数字は今の88小隊の2年前……その前身だった小隊の時に彫ったものなんだ」 「それって……」 「ああ。2年前までの88小隊……それはアルマニオ式部隊の数字だったんだよ。戦場に行く前に彫ったものさ」  どこか懐かしむように話す彼女を見た俺は少しだけ安心した。 こうして今も愛用しているという事は、その数字を少なくとも憎んでいないという証拠だろう。 「大切な数字だったんだな、ルビーにとって」 「まあな。ただ……クロには悪い事したって思ってさ」 ――――……?? 「アルマニオ式の事ギリギリまで黙ってて、悪かったな」  後頭部を掻きむしるルビーは、いつもらしくない表情で申し訳なさそうにしている。 「いいんだよ。そんな簡単に語れるような過去じゃないだろ」 「いや、アタシもクォーツと同じように何処か劣等感を持っていたのかも知れない。自分が兵器であることに。だから話しておきたかったんだ、誤解のないように全て」 「兵器としての一面を……って事か」 「ああ。アタシ達が持つ特殊な性質。それをお前に知っておいて貰いたい。これから先、取り扱う者として」  取り扱う……その言葉に反論しようと思ったが、彼女は自分自身の事を一生懸命に話そうとしている。  だから俺は黙って聞くことにした。それが彼女達としっかりと向き合う為に必要だと思ったのだ。
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