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そしてルビーは煙草に火を着けるとその場で立ち上がる。
「逆にクォーツは覚醒が早い分その戦闘本能は折り紙付きだ。この前アイツと初めて近接戦闘をしたが……正直驚いたよ」
ルビーが自分自身の事を『下から数えた方が早い』と言っていた88小隊内の個人戦闘能力を図るテスト。
そのテストの対象は正式には30人中ではなく29人だったという。
狙撃に特化したクォーツはアルマニオ式の中で唯一、近接戦闘訓練をさほど受けてこなかった為、いつもテストには参加せず狙撃型という遠距離タイプとして別枠的な立ち位置だったらしい。
つまり誰も彼女の近接戦闘能力を知らなかった。
「狙撃型で近接は出来ない……そう踏んでいたんだがな。アタシと張り合えるくらいにはやれるみてーだ。あの時はアタシが覚醒したからなんとか抑え込めたが……間違いなく近接戦闘能力のセンスはある」
「伸びしろがあるって事か?ただ、どんどん人間から遠ざかっていくな……心強いんだけどさ」
ルビーは『どんだけ本能に恵まれてるんだか』と肩をすくめている。
「それにクォーツは索敵にはめっぽう強い。脚力もそうだが、何よりも眼がいいんだ」
どんな暗闇でも敵の姿を捉え、どんな速さの敵にも対応できる視力と動体視力があるとルビーは彼女のスペックを語っていた。
この話は聞けて良かった気がする。アルマニオ式の性能ってやつを。
もちろん人間として受け入れているが、あくまで兵器だという事も忘れちゃいけない。
それと向き合ったうえで、彼女達が見る世界を変えなければならないのだ。
「ルビーはどうなんだ?汎用って意味がイマイチぴんと来なくて」
「アタシは腕力が特化していると言われているが、戦闘能力は汎用型といって一通り対応できるアルマニオ式の基本値みたいなもんだ」
「オールマイティってことか?」
「良く言えばな。ただ抑制率が高いだけで平々凡々。兵器としての特化性能が求められたアルマニオ式でいえば何の武器もない欠陥品みたいなもんだったんだ」
「欠陥品って……そんな言い方するなよ」
「ありがとな。まあ、あえて言うなら……」
ルビーは自分の鼻に指をあてて笑っていたはずなのだがピタリと動きを止める。
――――……??
「アタシは……鼻がいい。血の臭いに敏感なんだよ……特に変異種には」
その瞬間に周囲を警戒するように目だけを動かし細めて見せた。
「ルビー?」
「おいおい……なんで変異種の臭いがするんだ」
――――……!?
「変異種って……バンキッシュには居ないんじゃなかったのかよ……」
「いねーよ。いるはずはねーんだ。少し薄いがこの臭いは確かに」
ルビーは背中に手をやり斬馬刀を野営地に置いて来た事に一度舌打ちをすると、
「……アタシはこの臭いが大っ嫌いだ」
腰元から果物ナイフをそっと取り出して辺りの林に目をやると、その視線に気づいたかのように黒いレインコートを着たソレはひとりで佇んでいた。
「……クロ、下がってろ」
動揺するルビーにそう言われた俺は川辺に近づきルビーの背後に回ると、林の前にいるソレは『ミツケタ……』と呟きその声で男だとわかる。
そしてよく見れば顔を覆うフードの下には囚人用の穴の開いたマスク。その小さな穴から息を漏らすような音が響いていた。
開ききった血走る眼は一点にこちらを見つめている。
「テメェ何者だよ……」
そんなルビーの言葉に反応したのか、
「ミツケタ……」
――――……!?
レインコートの裾から出ている男の拳。あろうことかそこから鮮血と共に肉を破って飛び出すように現れたのは血を帯びた鎌。
「な、なあルビー……今……体から出たよな……変異種ってあんな感じなのか」
「……いや、変異種はあんな事できねぇよ」
「じゃあ一体あれは何なんだよ……」
「……アタシが聞きてぇよ」
俺はその光景に思わず息をのんだが、
「だが向こうはやる気らしいぜッ……!!」
その瞬間ルビーは地面を蹴って男との距離を一気に詰め『覚悟しなァ!!』と彼女は喉元に向かい果物ナイフの切っ先を勢いよく突き出すが、
――――……!?
男は宙に飛びルビーの頭上を舞うように飛び越えて見せた。
そして男がルビーの背後に着した瞬間、俺はこちらに振り返った彼女の頬に深い傷がついている事に気付く。
「……なっ……」
その時のルビーの眼は明らかに動揺をしていたが、そんな事を思うのも束の間。
男が着地した次の瞬間に向かった先は、
「え……」
俺だった。
男はレインコートを靡かせ一気にこちらに距離を詰めてくるが、俺には違和感しか感じなかった。
コイツから殺意を感じない。
その証拠に両腕から飛び出ていた鎌を肉体の中に戻した、そう思った瞬間。
「おい……」
こちらに両腕を広げた男が目前に迫った寸前、その背後から追いついたであろうルビーは男の頭を自分の顔に引き寄せるように鷲掴みにすると、
「捕まえたぞ」
背筋が凍るような殺意に染まったその眼に男の顔を映した後、そのまま川辺の大きな石に惨い音を響かせ顔面ごと叩きつけたのだ。
さっきまで腰を掛けていた白い石には男の血が激しく飛び散り、悲惨ではあるが間一髪……と思ったのだが。
そうじゃなかった。
ルビーは石の上に叩きつけられた男の顔面を鍋蓋の如く持ち上げまだ息がある事を確認する。
マスクは少しばかり割れ、白目を剥いて痙攣している事が俺にも分かった。
だがルビーはそこで手を止めず、俺に背中を向ける形で男の首を右手で掴むと、まるで満月に捧げるように片手で持ち上げる。
体の小さいルビーが自分より背の高い男を持ち上げる様は異様だった。
男のつま先は少し浮き、無意識の苦痛からか必死にルビーの小さい手を解こうとするがビクともしない。
片手で首を絞めるルビーの握力が凄まじいと言わんばかりにその指は首の皮膚へ抉るように音を立てて喰らい付き、男のマスクからは赤い泡が漏れているのがわかる。
「ルビー、もういいだろ……このままじゃ……」
「いやよくない……クロ、見ておけ。こいつが何者か知らねぇが……もう自分でも止められねーんだ」
そういってルビーは顔だけこちらに向き直ると、その口元は僅かに吊り上がっている。
『形ある者を殺めたい』
生理現象のようにそんな本能が植え付けられていて、自分じゃ簡単に止められない。そう言いたいんだろう。
口元は笑っているが、その赤い眼はどこか諦めているようにも見て取れる。
そして男の首からミシミシと限界を迎える音が響き渡り、
「これが……アルマニオ式だから」
鈍く重い……太い骨の折れる音と同時に男の首は傾き、その四肢は垂れさがるように絶命を告げる。
呆気なく男を殺してしまったルビーを見据える俺は自分がした約束の難しさを知る。
戦場で相手の命を奪う為に生きてきた生物兵器。
俺が『助けたい』と必死に抱え込んだ彼女達の深すぎる本質。
ギルフ将軍も『彼女達を内包する覚悟』があるかと聞いてきた真の意味がやっとわかった。
いつもは人間らしい一面を沢山みせてくれる彼女達だが、同時に本能に支配されし冷徹な殺戮兵器であるという事。
それでも覚悟は変わらない。
一度交わした約束は守るつもりだ。
だからこそ、この本質とまず向き合う事が俺にとって、彼女達との約束を果たす上で今まさに問われている課題だと痛感した。
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