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そしてルビーは倒れていた男を仰向けにすると『さあ……その面を見せて貰うぜ』そういって男の鉄製のマスクを引き剥がす。
――――……!?
そこには口から血の混じった泡を吹いていたのだが、俺とルビーが驚いているのはその形状。
「ルビー、これって……」
「……蟲みてーだな」
その男の口は昆虫類によく見る形。左右に開閉する顎とでもいうんだろうか。
粘液性を帯びたその口元は生々しく、虫がひっくり返って死んだ時の脚のように痙攣を起こしている。
「確かに変異種に近いが……蟲型なんてのは初めて見たぞ」
そしてルビーは男の口から流れていた血に人差し指につけると、そのまま自分の鼻先まで持っていく。
「多少薄いがこれは変異種の臭いに近い……だが、改良種と変異生物の血が混じってる気がする」
ルビー曰く、感覚でしかないが本来の変異種の血の臭いは人間である希少種と変異生物が混じり合ったような臭いがするという。
つまり『適性の無い希少種』+『変異生物』=『変異種』という構図だ。
人間が改良種を造り出すその前段階で、動物と人間を掛け合わせた実験の失敗作が変異種の起源である事から当然の事。
生物兵器を作る上で、人間の形を残す為に最低でも『希少種の血』をベースに使うのは大前提、それが常識だと。
俺が地下水路で見た違法リメイクがそうだ。言葉を話し身体の一部分だけが動物のように変化していた。
あれはBR現象への適性がない希少種が造った違法リメイクと言える。恐らくコーネルの仕業である事は間違いない。
コーネルは人間に近いアルマニオ式のような生物兵器を製造したかったのだろうが、恐らく彼に適性がない事で失敗をした。
その結果が心無い希少種の間で流行している違法改良種。
しかし、今ルビーが嗅いでいるのは、
『改良種』+『変異生物』=『得体の知れない何か』
という本来あってはいけない組み合わせだとルビーは言う。しかも組み合わせる変異生物が動物ではなく蟲となれば尚更だと。
何故ならば血の書き換えというBR現象は適正を持った希少種でなければ発生しない。
それだけならまだしも、適性はおろか希少種がベースではなく改良種。
そう説明したルビーが黒いレインコートを強引に引き剥がすと、
――――……!?
男の二の腕、腹部、胸部が昆虫の表皮と同じように堅い殻のようなもので覆われていた。
そしてルビーが持ち上げた死体の手の甲には、傷口が塞がる途中だったのか鎌の先端が少しだけ顔を覗かせていた。
「人間の形を失う……これがBR現象への拒絶反応だ。しかも重度の。これは最初から人間の形を残す気なんて無いんだろう。改良種をベースに使うなんてわざと失敗させたいとしか思えねぇ」
マキナがいつの日か『改良種の血はBR現象の影響を受けやすい』と言っていた。
つまり改良種の血というのは拒絶反応含め、何でも受け入れてしまう程とても敏感なもの。
「これは、改良種の血に対して蟲の何かで無理矢理書き換えた……そんな感じだ」
「一体なんの為に……」
「失敗……いや、これが製造者にとっての成功なのかもしれねーな。こいつはアタシの一撃をあり得ない動きで避けた上に傷を負わせたんだ」
すでにルビーの頬に与えられた傷は完治しているが、確かに彼女の言う通りだ。
一騎当千と言われるアルマニオ式……本来、白兵戦であれば千人必要とされている彼女の一撃を避け、一矢報いるなんてのは相当凄い事なのかもしれない。
結局、一瞬で呆気なく倒してしまったが、あの回避からの攻撃は大きな意味を持つんだろう。
「それにな、クロ」
ルビーはそういって立ち上がると、こちらを向いて口を開く。
「人の形を失えば『人間離れ』という言葉通り戦闘能力は向上する。それでも人間が改良種やアルマニオ式に人の形を残したのは人類としての最後の威厳を守る為だ」
コーネルも違法改良種を作ったとは言え、人間の形を残す事を考えていた。
彼もまた人間としての威厳というものだけは守りたかったんだろう。
「じゃあこれを造ったやつはそんなの関係なく……わざと人の形を失わせて戦闘能力の高い何かを造りたかったって事だよな」
「人間を捨ててでも軍事力を持ちたいのか……それともただのイカれた悪趣味か」
ルビーがそう口にした時、
――――……!!
突如として山道に砲撃音が響き渡る。
「クォーツ……!?」
「いくぞクロ……!!」
そんな九七式の砲撃音に『交戦』という二文字を悟った俺とルビーはすぐさまその場から野営地へ向かうのだった。
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