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その後更に2発の砲撃音が響く。
山道を駆けおりた俺達が野営地に戻ると車両の前でククリと呼ばれる大型のナイフを構えるパドの姿。
「おふたりとも無事でしたか……!!」
そんな彼に駆け寄っていくと、その足元には先ほどの黒いレインコートの死体が一つ転がっていた。
その光景を見たルビーは肩で息を整えているパドの背中に手を当てる。
「やったんだな」
「ええ。クォーツさんの初撃で手負いの状態でしたが……なんとかギリギリで」
パドはこう見えても伍長という戦闘訓練を積んだ階級持ちだ。
そんな彼が、傷を負っているのにも関わらず苦戦していた相手……。
――――……??
「あれ、クォーツは?」
「クォーツさんは森に逃げ込んだ彼らを追って行きました」
そう話すパドはルビーに『この個体は……』と冷静に死体に目を向けている。
「彼らって……何体も相手してんのかよ!?」
だったらここでのんびりしている訳にはいかない、そう思ったのだが、ルビーは俺の肩を掴みひとつ頷く。
「バカたれ……落ち着け。さっき言ったろ」
そんな彼女の目線の先には森の奥からこちらに向かい歩いてくるクォーツの姿。
「夜戦においてアイツに一度でも狙われたら逃げる事はできない。夜の森で梟に睨まれるのと一緒だ」
ルビーの言った通り、クォーツは両手に狩った獲物を引きずっていた。
「まったく。なんなのよコイツら」
そんなあっさりとしたクォーツが二つの死体を俺達の前に投げ捨てるように置くと、その亡骸には砲撃の痕だろう、どちらも身体の一部が千切られた様に失われていた。
九七式の威力、アルマニオ式最強の狙撃手である事を物語るかのように。
――――……そして、
その3つの死体を囲むように俺以外の3人は彼らの異常な外見について話し合っていた。
「ルビー達の所にも行ってたのね。どう思う?この臭い、アンタにならわかるでしょ」
「これは違法改良種って感じじゃねぇ。新種の生物兵器だろうな。改良種ベースにBR現象を応用して蟲の何かで書き換えた感じだ。それも強引にな」
「この形にする事が目的って事でしょ。私もそう思うわ。違法リメイクならもう少しまともな外見だもの……それでも逃げ足は異常なまでに機敏な動きだった。それに……」
クォーツはそう言って砲撃により抉れた死体の一部を指でつつく。
「この筋肉と内臓の感じは……恐らくゼロから造られたモノじゃない。成人の改良種にBR現象を施したのかしら」
「あ、ほんとだな。異常な速度で身体の骨格が変異したんだろう。急性的な拒絶反応で関節や骨が変形してんな」
まるで珍しい生き物でも見つけたかのように、ルビーとクォーツは死体を触って淡々と話している。
すると何かを考えていたパドは口を開いた。
「ただ、1体は襲ってきたものの……残りの2体はすぐに引き返していったんですよ」
「ええ。だから私はクロ達の方に行かないように仕留めたんだけど……こいつらの目的は一体何だったのかしら」
クォーツの台詞に対し、俺には思い当たる節があった。
「こいつらの目的は……俺だったのかもしれない」
その言葉を聞いた3人はこちらに向かい顔を向ける。
「さっきルビーが戦ったやつなんだけど、俺に向かって来た時に殺意を感じなかったんだよ」
「おいおい、クロ。お前……殺意を感じるなんてのはアタシ達みたいに本能があるってのか?さっきそんな話したから……」
「違うんだ。この時代に来てからずっと……俺は殺意ってやつにもの凄く敏感なんだよ。感じ取れちゃうんだ」
俺は多少ムキになっていたが、今まで感じた全ての事を3人に話した。
蟹と戦った時や鼠、蛙、亀、クォーツとルビーの戦い……そしてコーネルの時も全て。
確かに『殺意』というものが目に見えない不確定要素なのは分かってるが、思い過ごしなんかじゃない。
それに残虐的な光景を見ても吐き気などこの時代に来てから全く感じない事も話したのだ。
そんな話を聞いていた3人は顔を見合わせ、信じてくれないのかと思ったが、一番最初に口を開いたのはクォーツだった。
「そう、アンタにも本能があるのかもね……」
クォーツの言葉にふたりとも何かを思い出し、驚いた表情で頷いている。
「俺にもルビーやクォーツみたいな本能があるってのか?」
「アンタその話……」
その言葉にクォーツは一度ルビーの方を向ける。
「アルマニオ式の性能についてクロには話しておいたんだ。必要な事だろ」
そんな彼女の言葉を聞いたクォーツは『そう』と小さく呟いて話を続けた。
「潜在能力っていうのかしら……希少種が極限状態に置かれた時、稀にではあるけど自分の血に眠っている本能が目を覚ます事があると言われているの」
極限状態……俺がこの時代に放り出された時がまさにそういう事なんだろうか。
確かに田舎に住んでた時には感じなかったが、飛行機が墜落した後からこの感覚を意識し始めた気がする。
俺にとっては殺意やグロテスクなシーンを、あの平和だった日本で見る機会なんて無いに決まってる。
そもそも極限状態や命の危険になんて晒された事もないからなんとも言えないが。
本当に俺にはそんな訳の分からない本能なんてものが存在していたんだろうか。
まあ彼女のいう事は全部当てはまるんだけど……
「なんでクォーツはそれだって事がわかるんだよ」
俺の言葉にルビーとパドは少し気まずそうな顔をして黙っていたが、
「アルマニオ博士もそうだったからよ」
そう言ってクォーツだけは俺をまっすぐに見つめていた。
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