2:有罪神殿サバイバー

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★  ハーデラ私設兵団への襲撃があった同日。  時刻は今まさに深夜零時を過ぎようとしていた。  東西に連なる隔離壁が広大なビル群を囲む巨大商業都市スピリアン。  その都市から少し南下した領地内、いつの日かまで『三河湾』と呼ばれた領土がある。  そこから大きな橋の先に浮かぶ森林で覆われた緑の離島。  橋の手前から島の中心部までいくつもの赤い鳥居があり、その海岸は埋め立て工事が施されている異様な島。  緑と赤と人工的な灰色で形成されたその島は、現在では『エリア3』またの名を『神殿』と呼ばれ、スピリアンの私設兵団が管理する完全私有地となっていた。  そこには遥か昔、人類改良化計画の実験で犠牲になった改良種達の巨大地下墓地が存在する。  なぜ改良種の遺体が埋葬された地下墓地が『神殿』と呼ばれているか。  それはその島に白蛇信仰の祭壇があったとされていたからだ。  昔、改良種という多くの生贄を捧げた事で怒りを収めた白蛇が、死んだ彼らを平和な世界へ導くとされ『神殿』と名付けられた。  だが、時代の流れと共にいつの日からか立ち入り禁止区域となった事もあり、現在ではバンキッシュの歴史を語る観光スポットとして橋の手前の海岸に訪れる観光客も多い。  そんな立ち入り禁止とされている離島の最南端。  神殿と称される島一帯を見渡せる塔の最上層の一室では、 「芸術はたまらんのぅ……これは最高傑作に成り得るぞい」  そんな妖艶な声色の主は黒いイーゼルの前で筆をとる高貴な雰囲気の女性。  何処か妖しく高揚し頬を赤らめるその表情は、喘ぎにも似た吐息と共に性を感じているようにも見て取れる。  スピリアンの都市長、シャルロウン・リリー。  彼女はそこから見える景色を見据え、ひとりの画家として絵に向き合っていた。  耳をくすぐる程度の音量で軽快なジャズが心地よく流れている空間。  いくつもの蝋燭が黒一色の室内を照らし、そこに溶け込むような黒いドレスに身を包む彼女。  金色の長く美しい髪がまっすぐに彼女の背中をなぞっている。  そんな室内には和洋関係なく甲冑や、高価な着物、絵画、いわゆる芸術品とされる彼女のお気に入りの展示品が並んでおり、中には拷問器具のようなものまである。 「良い色じゃ……猛々しいことこの上ない。じゃが……いまひとつ、足りんのぅ」  どこか納得のいっていない表情を浮かべる彼女の左手には金色の筆、その右手には変異生物の大きな骨盤を使ったパレット。  そんな異形のパレットの上には赤い塗料。そう、彼女が描いているのは赤一色の風景画。 「むぅ、こちらも足りんと来たか」  彼女がそう言って自分の足元にあるバケツを見据え困ったように眉を顰めていると、 「シャルロウン様、失礼いたします。お呼びでしょうか」  メイド姿の女性がシャルロウンの背後に跪く。  そして椅子からゆっくりと立ち上がったシャルロウンは彼女の前にその身を移すと、 「ケイト、例の希少種の件はどうなったんじゃ」  ゆったりと穏やかな癖のある口調。  ケイトと呼ばれたメイド服の女性はシャルロウン私設兵団、コーネルの兵団でのジェードと同じく、彼女もまた親衛隊の隊長。  スピリアンの私設兵団の制服は女性はメイド、男性は黒いスーツの着用を決められているのだ。 「はっ、申し訳ございません。手を尽くしたのですが……彼のみを招き入れる事は難しく……」  そう、彼女は抽選会場でクロに対応したメイド服の係員だった女。 「若い男の一人誘えんとは女として情けない奴じゃのぉ」  小さく肩を落とすシャルロウンは『申し訳ありません』と謝罪するケイトから視線を上げ、 「アインを呼んでくれ」  二度手を叩くと、その部屋にはもう一人女性がすぐさま現れる。 「お、お呼びでしょうか、シャルロウン様……」  アインと呼ばれた女性は、ケイトに比べ十代の若い女といった所か。  顔立ちは幼く、緑色に染められた髪は後ろで1本に纏められたポニーテール。  レザー調の黒いショートパンツにジャケット、ブーツ。  髪の色含めこの場には似つかわしくない格好であるのは確かだが、その表情は恐怖に支配され怯えているようにも見て取れた。 「おおアイン、有罪三姉妹(ギルティ―シスターズ)……私の耳にもその活躍は届いておるぞ。どうじゃ?()()のほうは」 「あ、ありがとうございます。お陰様でファンも……」 「違う違う違う。そっちではない。例の『神隠し』の方じゃ」  その言葉にアインはビクリと身体を震わせ恐る恐る口を開いた。 「はい……無事シークレットライブのチケットは完売致しましたが……その……」 「なんだその歯切れの悪い言いようは?」 「こ、今回の集客は600名を超えます……先月の300名の事で正規軍、ナバールの猟団までもが嗅ぎつけているとの噂もありまして……」 ――――……!! 「良く聞けアイン」  そこに先ほどの穏やかな表情のシャルロウンはいなかった。  アインの台詞を聞いたシャルロウンは折りたたんだ扇子の先を彼女の喉元へ突き付ける。 「3年前……貴様のような何処の馬とも知れない演者が売れたのは私のお陰という事を忘れたのか?真名と引き換えにアインという名を授けられた貴様の飼い主を!!」 「い、いえ決してそんな事は……!!」  思わず背筋を震わせるアインの姿を見たシャルロウンはにんまりと彼女の眼前で笑って見せると、扇子を突き付けたまま逆の手でその頬を優しく撫でている。  それを横目で見ていたケイトはアインを睨みつけるような嫉妬にも近い眼差しを向けていた。 「アイン、お前は客を集め楽しませればよい。演者として本望じゃろぅ?その後、私が貴様の客を頂戴する。クク……どちらにとっても有益な話。違うか?」 「は、はい、仰る通りでございます……」 「改良種が失踪しようともそれがスピリアンで起こる以上、私を裁く事など出来ん。貴様の言う通りハーデラの私設兵団がこの都市に来ている事もすでに把握しておる。案ずるな」  するとシャルロウンは怯えるアインの喉元から扇子の先をそっと外すと、何かを思いついたように手を合わせた。 「そうじゃ、希少種の件もお前に任せよう。所詮相手は若造。ケイト達ではなくお前が直接出向けば尻尾を振って訪れるだろう?」 ――――……!? 「ちょっと待ってくださいシャルロウン様……!!」  その提案に反対するかのようにケイトは顔を上げる。 「希少種の件に関しては我々の管轄です……!!アイン達に任せるのは待っていただけませんか?」 「無粋な……ケイト、貴様は失敗した身で何をいうか。お前を信頼していないとはいっておらん」 「しかし……私はこの女に疑問を覚えます。信用なりません」  そう言ってケイトはアインに指を指すと『ほう』とシャルロウンは聞く耳を持った。 「彼女は2年前、不自然すぎるほど突然あたな様の前へ媚び入るように現れました。その後も今みたいに私室まで図々しく上がり込むだけではなく、小娘の分際でシャルロウン様に提言まで……」 「もうよい」 「それに格好も立ち振る舞いも全てにおいて失礼極まりない。私は10年以上あなたの側にお仕えする身として……!!」 「もうよいと言っている。醜いぞケイト……それはただの妬みじゃ。アインは実績を出した。この2年で10年仕えたお前よりも結果を出したのじゃ」  そう呆れた表情を浮かべたシャルロウンがもう一度手を叩くと、 「ジルコン式……シャルロウン様……!?」  ケイトが『ジルコン式』と呼んだ黒いレインコートを着た3名の男が彼女を取り囲む。 「……私は今、新しい絵の具が欲しいんじゃ」  ボソリとそんな言葉を呟いたシャルロウンの言葉に、その空間には凍り付くような戦慄が走った。 「え……」 「その女を抑えてくれ」  すると男たちは『オ……サエロ……』とボソリと口にするとケイトを羽交い絞めにして口元を封じ拘束。  暴れるケイトだったが、身動きを封じ込められているその目は涙を流しながら恐怖に染まっていた。  そしてジルコン式がマスクを外すと、蟲のような口でケイトの首元を何の躊躇いもなく噛みついて見せる。 「……っ……!!」  その途端にケイトは体中が麻痺したかのように痙攣したまま地面へと崩れた。
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