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――――……翌朝。
昨晩は猟師館の近くに野営を張って一晩を過ごしたまではいいが、クォーツに朝早くから近くにある空き地の一角に連れて来られた訳で。
さすがに昨日は遅くまで作戦会議をやっていたせいで眠いんだが。
「そんなに瓶を持ってどうしたんだよ。こんな……」
雑草だらけで錆びれた廃墟の庭みたいな場所。
「アンタの訓練よ」
――――……!?
「訓練って格闘訓練みたいなのでもやろうってのか?馬鹿言うなよ、俺はそんな短時間で……」
「馬鹿ね。アンタを鍛えた所で所詮は希少種じゃない。それに武術センスがないって事くらい誰だって見たら分かるわ。弱そうだし」
「そこまでいわなくてもいいだろ」
「ひとりで行くのであれば最低限の訓練をしておかないと」
クォーツはそう言って荷物をゴソゴソと漁って一丁の拳銃のグリップを向けて差し出してきた。
「スターム・ルガー ブラックホークカスタム。シングルアクションリボルバーよ。装填は6発で357マグナム弾。私が持っている中で一番反動も少なくてアンタでも使いやすいはず」
うん。ブラックホークって言葉しか入ってこない。
銃身が真っ黒の重々しい拳銃は、どこか西部劇で見た事あるような少し古そうだが、十分に手入れされているようにも見て取れる。
そして俺は差し出されたそのグリップを握ると……
「…………。」
胸が打たれた様に高鳴る。
もちろん初めて拳銃なんて握ったんだが、手に馴染むというかしっくりくる感じがした。
なんだよ……この感じ。
「それ、少し古いけどアンタにあげるわ。私が持ってても意味ないし」
そう言ってクォーツは弾の入った箱と、ガンベルト……腰ではなく脇に拳銃を差せるタイプのホルスターとでもいうんだろうか。
「……俺の為に用意してくれたのか?」
「バ、バカね。死なれたら困るからよ!約束は守ってもらうんだから!」
そんな彼女の言葉はアルマニオ博士の件もあった事でどこか重いはずなのだが、どちからかといえば俺にとっては嬉しい方が勝っていた。
「だ、誰かに撃ち方なんて教えた事ないんだからね!」
普通の女の子はきっと教えてくれないぞ。
ラブコメっぽく聞こえるがその内容は物騒すぎるってもんだ。
そうしてクォーツは30メートルほど先にある板の上に横並びで空き瓶を置くと、安全装置やら弾の入れ替え、その仕組みなどを口頭で教えてくれた。
「いい?アンタは片手撃ち禁止よ。きっと反動で肩を痛めるわ。握り方はいいとして。もっと右肘を張って左手でしっかり固定して……違うわ、そうじゃなくて……」
クォーツは俺の後ろに回り込んで密着し、丁寧に銃の使い方を教えてくれていて、いつもならムラムラするのだが銃を握った瞬間から頭が冴えわたる気がする。
アルマニオ式最強の狙撃手から撃ち方を学ぶなんて機会はそうそうない。
誰かを撃つつもりなんてないが、いずれいざという時は来るだろう。
護身用として是非ともここで少しでも覚えていきたいところだが。
「で……この照準に標的をいれて撃てばいいんだな」
「最初から当てようとしなくていいわ。まずは正しい撃ち方からよ」
後ろで腕組をするクォーツに『試しに撃ってみなさい』と言われ俺は集中して標的の瓶に照準を定める。
「じゃあ撃つぞ」
――――……!!
単発的な銃声が辺りに響き渡り、木々にとまっていた鳥たちは一気に何処かへ飛んでいく。
「当たった……当たったぞクォーツ!!」
「まあ悪くないわね。でも偶然よ」
空き瓶が見事に砕け散ったのと同時に耳鳴りがするが、なんだろうこの爽快感。
病みつきになってはいけないのは十分に分かっているが、妙に興奮している自分も確かにいたわけで。
そこからクォーツが瓶を並べ、俺は素早く弾を入れ替える作業を繰り返したのだが……
「また当たった……!!」
「そんなわけ……つ、次は連続よ」
クォーツは『外せ』と言わんばかりに、どこかムキになってどんどん瓶を小さくしたり距離を離したりと試行錯誤したが、
「当たった……」
こんな簡単なものなのだろうか。
照準に瓶が入ると勝手にリズムよくトリガーを撫でてしまうというか。
自分でも怖いくらいに次々と標的を捉える銃弾。むしろ1発たりとも外してない。
「なんだよ朝からうるせーと思って来てみりゃ……だが悪くねーな。センスあるんじゃねーの」
いつの間にか背後にいた寝癖MAXのルビーはあくびをしながら一部始終を見ていたようだ。
「クロさんに眠る本能……気になるところではありますが。恐らくその影響でしょう」
そしてパドもどこか興味深そうな表情でルビーの隣に立っていた。
そういう事かよ……いや、でも……
「あはは、そ、そうかな」
ちょっと嬉しいかも。
何かの才能なんて無かった平凡な俺にとって、人生で初めて先天的な何かを褒められたというか。
本能がどういうものなのかは分からない。
正直もっと違う才能が良かったのだが、今の俺にとっては一番助かるような要素なのかもしれない。
なんて思ったのが間違いだといわんばかりに、
「本能だろうが油断は禁物よ……!!アンタはあくまで初心者!!ギリギリまでやるわ!!パド、瓶を持ってくるの手伝って!!」
クォーツは俺の額に穴が空くんじゃないかってほどに人差し指を押し付けて警告すると、パドを連れて猟師館に向かって行った。
「ハハ、悔しがってやんの。で、クロは何使ってんだ?」
ルビーはそう言って俺の手に握られている拳銃を見ると『なるほどね』と言って少し安心したように微笑む。
「クォーツはそれをなんて言ってお前に渡したんだ?」
「私が持ってても意味ないからって……」
するとルビーは煙草を取り出して火を着けると、
「そいつはアルマニオ博士の形見だ」
――――……??
「クォーツがお前に渡した意味を分かっててやれよ?クロの事を信頼してる反面……なんだかんだいってお前が心配なんだよ」
「そういう事だったのか。そんな大切なものを俺に……」
ブラックホーク……この銃は大切にしないといけないな。
もちろんクォーツの気持ちも。犬死にする訳にはいかない。
「さあ、次は片手撃ちの練習でもしようぜ?それともアタシの十八番、スライディングアッパーショットでも教えてやろうか?」
「クォーツ先生に言いつけるぞ」
こいつはこいつで正反対の事を言いやがる。
――――……。
そしてその後は時間が許す限り訓練をしてもらい、少しは様になってきた所で日も暮れかけていた。
「そんじゃあ……ハーデラ私設兵団の初陣といこうか」
俺の言葉にクォーツ、ルビー、パドはひとつ頷いて車両に乗り込みエリア3の神殿に向け出発したのだった。
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