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――――……そして、
18時頃。有罪三姉妹のライブまで2時間。
「ほんとにアンタひとりで大丈夫?」
「そんなお母さんみたな事いうなよクォーツ。心配だったら超特急で本殿まで到達してくれよな。じゃ」
俺は『誰が小綺麗なお母さんよ!!』と鼻息を荒立て、妙に上昇志向の被害妄想へ浸るクォーツに手を振り、
「さてと……」
スピリアンの西門でひとり車両から降ろして貰うと、そこにはすでに今回の招待客が200名程集結。
さらにシークレットライブへの送迎用……いや会場への片道切符という名の大型トラックが十数台。
俺はアインから貰ったチケットを握りしめ、
「お願いします」
「はい、ありがとうございます。では3番のトラックへどうぞ」
メイド姿の係員に促されながら大型トラックの荷台に乗り込む。
「…………。」
その際メイドの視線は何処かぬるっとしたように俺の顔を見た後にインカムを触っていた事から、シャルロウンの罠はすでに始まっているんだろう。
トラックの中は20名ほどが両サイド横並びの座席に腰を降ろせるようになっていて、俺は運転席側に近い一番奥の座席に腰を降ろした。
そしてすぐに満席となり、車内のファン達は興奮を隠しきれず歌い出している者までいて大盛り上がり。
男女比は半々ってところで、武器を持った仕事帰りの猟師の姿もちらほら。
「なあ、アンタも有罪三姉妹が好きなんだろ!?今日は思いっきり楽しもうぜ!!俺初めてなんだよなー」
なんて隣の男は随分と浮かれ楽しそうにしていて、Tシャツやファングッズも沢山身につけている様子。
「え、ああ。そうですね。楽しみましょう」
薄暗く錆びの匂いが充満する閉塞的な空間は興奮という名の熱気が渦巻いている。
「なるほどね」
バスのように窓もないトラックを使う理由はこれからどこに行くのかさえファン達に理解できないようにする為。
あの過激グループのライブって事もあってこれも演出の一環だとでも思っているんだろう。
たとえ武器を持っていたとしても規制しないのはジルコン式の戦闘データを取る為には好都合。
ここにいる誰もがこれから『殺される』なんて事は微塵も思うはずもない。
そこから車を走らせること2時間ほど。
「お疲れさまでしたー!!では足元に気を付けて……」
メイド姿の係員に促され降り立った先の光景は、薄い青色でライトアップされた石造の小さな建物。
建物の形はピラミッドに似ているがその手前には赤い鳥居がいくつもあり、森林に覆われた神社の境内にも見て取れる異様な空間。
海岸が近い事を意味する潮の香りが、どこかいつもより生臭く感じてしまう。
他の指定場所から到着した観客たちも全て合流し、この場には800人以上がいる。
「このまま係員の誘導に従って進んでくださーい!階段は暗いので気を付けてくださいね!それじゃあ、いってらっしゃい!」
大勢の観客たちに向けてイベントガールの如くメガホンを持ったメイド。
その可愛らしい笑顔の裏には『あの世へな』とでも思っているんだろうと考えるだけでゾッとするが、これもシャルロウンの恐怖政治の影響。
その辺にいるメイド達はもちろん、ピラミッドの上から私設兵団の黒いスーツを着た兵士達が小銃をぶら下げこちらを見降ろしている。
撮影用の固定カメラもあるが、これもあくまで演出の一環などではない。
観客達は誰も気付いていないだけで至る所で本当に監視をしているのだ。
そんな誘導をうけた俺を含む観客たちは多少混雑しながらも地下墓地へと繋がっているであろう建物に徐々に入っていく。
「聞こえるか、無事についたぞ」
俺はそんな台詞を騒がしい人ごみの中インカムに向かって話しかけると、
『聞こえます。お疲れ様です』
『連絡が遅いのよッ……!!なんで……』
『盛り上がってるか?Tシャツとか……』
『クケケ、ああバッチリだ』
と一斉に話されて混線しているが無事に繋がっているようだ。
「これから地下に入るよ」
『クロさん、恐らく本殿に電波は届かないので途中で切れる恐れがあります』
インカムの向こう側でパドの指示を受けた俺は『了解』と返すと、また各々騒ぎ出したわけで何も聞き取れない。
だがこの回線は俺用じゃない。北側の制圧時と避難時に活用する予定だ。
「繰り返すようだがクォーツ、ルビーは神殿北部の掃討と退路の確保。22時に本殿への到達次第ジルコン式への迎撃、及び掃討。時間は厳守。いいな」
『誰に言ってるのかしら』
『ああ、問題ねーよ』
正直、彼女達無しではこの作戦は成り立たない。
本殿への到達が早すぎても遅すぎても作戦は失敗するだろう。
「パドとコバルト達はタンカーが到着次第クォーツ達の後を追って退路の安全確認を行いながら本殿へ到達。避難者の誘導に当たってくれ」
『はい。お任せください』
『クケケ……制限時間は0時だ。遅れたら置いてくぜ』
少しのお別れだがここにいるメンバーが本殿へ無事に到達してくれる事を信じるしかない。
「ひとりでも多くの改良種を救出する。今回は厳しい戦いになるかも知れないけど……みんな生きて帰る事を約束してくれ」
――――……。
「……作戦開始だ」
『レアブラッドの為に』
そんな一斉に帰って来た言葉を確かに受け取った俺は、
「見てるかよ、シャルロウン。俺はここだぜ」
人ごみに溶け込みながらもゆっくりと辺りを見回した。
改良種の命を犠牲にする事など何とも思わないという考え、風潮なんてものは到底許す事は出来ないだろう。
四大都市長がそんな思想を持ち、恐怖政治を行っているのであればこの国が変わらないのは当然の事。
シャルロウンの考えを改めさせてこそ、この世界を変える為の大切な要素ってもんだ。
今晩『招かれざる客』を招いた事を後悔させてやる。
あくまで救出作戦だが……今回の有罪三姉妹のライブ名は『有罪の夜』
いつか必ず、お前には有罪判決を下してやる。
俺はシャルロウンに対するそんな強い意志を胸に、決戦場となる地下墓地へと入場していく。
「さあ、いこうか」
こうして、ハーデラ私設兵団にとって長く険しい夜が始まったのだった。
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