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★
――――……その頃。
そんなクロの姿を本殿付近にあるモニタールームで見つめるシャルロウン。
「……フフ、まんまと来おったかクロキ。そしてよくやったぞアイン。お前は実に優秀だ」
彼女はクロの思惑通り口元に黒い扇子を広げ密かにほくそ笑んでいた。
「……はい、ありがとうございます。シャルロウン様」
「しかしなんだ。護衛のひとりも付けず単身で出歩くなど無防備もいいとこじゃな。アルマニオ式も引き込むとは思っていたが……」
目を細めるシャルロウンに対しアインはたまらず口を挟んだ。
「はい。クロキ様ひとりを連れ出す事は思いのほか容易でした」
「ほう、そうか……それよりもアイン。ツヴァイとトライはどうした?挨拶に来るのではなかったのか?」
「彼女達はすでにスタンバイに入っておりますので……公演終了後、シャルロウン様の元へ挨拶に来る予定です。申し訳ありません、いましばらくお待ちください」
頭を下げるアインに対し無言を貫いたシャルロウン。
「で、ではそろそろ私も準備に向かいますので……」
その重い空気に耐え切れなかったアインが立ち去ろうとした時だった。
「いや、その必要はない。準備をするのは……この私」
――――……??
するとシャルロウンは椅子から立ち上がりアインを見据え、ハイヒールの底を鳴らし彼女の周りをゆっくりと歩いて見せる。
「……クロキはあのコーネルを退けた狡猾な男。ヤツに限って襲撃を受けた翌日に単身で出歩くなど有り得ん。この状況……機を狙ってアルマニオ式が潜り込んでくるはず」
他の警備モニターに目をやるシャルロウンはクロの事を決して甘く見てなどいなかった。
そしてクロが『賭け』としていた思惑さえも見抜いてしまっていたのだ。
「え……何を……」
シャルロウンはアインの動揺した表情を見逃さなかったのか、扇子を一気に折りたたむとそのまま彼女の首元へ突き付けた。
「ククク……私を誰だか忘れたか?」
そう、彼女は商業都市の狡猾な商人を束ね、バンキッシュにおいて知恵を司る希少種、シャルロウン・リリー。
「このような状況になるのはヤツが自力で何かを嗅ぎつけたか……あるいはお前が裏切ったか」
「い、いえ……そんな事……」
怯えるアインに対しニッタリとした笑みを浮かべるシャルロウンは彼女から扇子を外し、
「嗚呼、私はアインを信じているよ。だがお前が裏切る可能性含めて想定内。なぁに、リスクマネジメントというものよ」
全ては我が手中にあると言わんばかりに再び眼前で広げて見せた。
「クロキには間違いなく企てがある。クク……どうせ奴の算段は最後の曲が終わった頃にでもアルマニオ式と共に一気に仕掛けてくるつもりじゃろう。であれば……こちらは先手必勝といこうかの」
『敵を騙すのは身内から』とでも言いたげなシャルロウンは全ての可能性を踏まえた上でこの時を待ち望んでいた。
アインを信用していない訳ではない。彼女が裏切るリスクを含め戦術を組み立てていたのだ。
「アイン、また実績を積んだのぅ。実に良い働きをした。お前は極めて優秀じゃな」
「そんな……私達のライブは……」
「今日は貴様らの出番はない。主役はこの私じゃ」
そしてシャルロウンは『そこで見ておれ』と投げ捨てるような台詞と共に部屋を出ていった。
「……リスクマネジメント……ですか……」
アインはそんな彼女の後姿を睨みつけ、
「……それはこちらも想定内ですよ」
そう言って口元を大きく釣り上げたのだった。
――――……。
そんなアインの『想定内』という思惑の一部なのか定かではないが、湾の沖合に浮かぶタンカーの甲板でパソコンを前にしている男もその危険性に対し警戒をしていたところだった。
「クォーツさん、軍曹……少し変です」
コバルトと共に海上にいたパドはパソコンで周囲の空気の振動数を計測し、ライブが始まれば揺れるはずの針が静寂を保っていた事に疑念を抱いていた。
そしてすぐさまその報告は神殿北部の灯台の上で待機するクォーツ、ルビーの耳に流れる。
満月は満ち欠けを繰り返し暗雲が立ち込める夜の灯台。
すでにその上層では暗殺されたかのように首元から血を流し倒れているメイド服の私設兵団4名。
「変ってどういう事よ」
苦悶の表情を浮かべるクォーツは九七式を背負い、その両手には血塗られた双剣。
その横のルビーは斬馬刀を肩から首へと引っ掛けたまま、
「ひー、ふー、みー……結構いるな」
その場にしゃがみ込んで下を見降ろし無防備な私設兵団を数えながら煙草を吹かしていた。
『もう開演時間は過ぎています。始まっていれば防音設備の無い神殿内から漏れ出した空気の振動を拾えるはずなのですが……』
ルビーは遥か森林の先にライトアップされる神殿への入り口に鋭い目線を送る。
「まあそっから考えられんのは時間が押してるか……」
『不測の事態が起きているか……』
そんなルビーとパドの言葉に片眉をピクリと動かしたクォーツは、
「……クロが危ないわ」
シャルロウンはこちらの手の内を読んでいた、もしくはアインが裏切ったか。
それらの可能性を悟った瞬間に灯台の上層にある手すりの上に立つ。
――――……!?
「おま、バカたれ……!!ちょっと待てって……!!単騎で突っ込むつもりか!?」
「ルビー、北の制圧はアンタひとりで頼むわ。私もできるだけ沈黙させていく」
そしてクォーツは有無を言わさず飛び込み台から身を委ねるように50メートル以上先の地上へと堕ちていった。
「どんだけ人使い荒いんだよあのバカ女は……!!」
ルビーは落下したクォーツを灯台の上から見下ろすと溜息をひとつ。
「ったく……燃えてきたじゃねぇか。パド、バックアップな」
『……ええ!?……ただ、クロさんが心配です。この数は忙しくなりますよ軍曹』
「望むところだぜ……よッ!!」
斬馬刀を一度クルリと回した彼女も、まるでガードレールを跨ぐかのように灯台の手すりから飛び降りていった。
クロがまだ何か策を隠しているのか。
クォーツとルビーの神殿到達が先か。
ジルコン式による改良種の虐殺が先か。
シャルロウンの先手必勝と読みが当たるのか。
――――……だがこの時……
真の『招かれざる客』の存在を神殿全土にいる者は誰一人として把握などしていなかった。
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