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黒いスカートを靡かせた悪魔が高台から急降下した次の瞬間に時間の流れは加速。
灯台の下で警備に当たっていた数名の団員が何者かの気配を感じ上を見上げると、
「なん……」
――――……!!
その言葉を最期に複数名の四肢が切断され地面に崩れ落ち沈黙。
「……邪魔よ」
クォーツは着地した瞬間に双剣に纏わりついた血をひと払いすると、そこで仲間の返り血を浴びた団員達に走るのは戦慄のみ。
だが悪魔は怯む者達に目もくれず流れるように前方へ大きく踏み出すと、その周りの空間は衝撃波のように歪みそのまま森林の中へ消えていく。
残された団員のひとりはたまらず無線機を手に取るが、
「敵……ッ……」
――――……!!
その瞬間に頭部から縦一閃。
その肉体は綺麗に二分される事なく砕け散るように叩き斬られ、血しぶきと共に地面に噴煙を巻き起こした。
「……よお」
挨拶がてらに砂煙が漂う地面から重々しい斬馬刀を抜き取った赤髪の女。
その姿はまさに力任せに人の子を蹂躙する赤鬼。
無線を破壊したソレが口元を吊り上げた時、鋭い眼光は残された生者を数えるように鈍く光る。
「……撃てェ!!」
残された団員達は銃を構えるが血に飢えた鬼は何の躊躇いも無く斬馬刀を横一閃。
――――……!!
強引に全てを引き裂く鬼の刀身はたったひと振りで、銃器ごとその場に残されていた4つの肉体をひとつ残らず宙に飛び散らせてみせた。
「……おい、パド。次は」
未だ飛沫していた肉塊が地面に落ちてくる中でインカムを触ったルビー。
『クォーツさんが向かった先に無数の生態反応があります。軍曹……クロさんの指示通り被害は最小限に……』
「そうもいってられねぇだろ。うちの大将がやられちゃ本末転倒だ。何より……あのバカ女はすでに振り切っちまってる」
そんなルビーの言葉通り、森林の中でクォーツは疾走していた。
『おいバカ女、飛ばし過ぎだ……!!』
もはやルビーの言葉は届いていない。
夜間でも獲物の姿を捉える彼女の眼は、熱源反応を察知するかのように森林を巡回する団員達を映すと、
「……ぐあ……ッ!!」
次々と双剣から繰り出す斬撃によって沈黙。
最高速度で狙撃ポイントに到達するその脚力は数多の障害を飛び越え木々の側面を蹴飛ばしていく。
「……クロ」
その横顔は島の中心にある神殿の北門だけを見据えるのと同時に自分を責めていた。
彼が単身で乗り込む事を許してしまった自分を。
シャルロウンは彼よりもずっと賢い事を把握していながらも、クロが『改良種を助けたい』という気持ちと『犠牲者を最小限にしたい』という考えを否定する事が出来なかったのだ。
クロは『自己犠牲』を厭わない。
それは元の時代に帰る事よりも他人が生きるこの世界を変えたいという信念、使命感からもすぐにわかる事だった。
自らの危険や損得など二の次三の次という男。彼にとってそこは重要ではない。
それが彼の正義なのだ。
不条理な死を許さない正義。
全ての命の尊さを重んじる正義。
それは確かに美しいかもしれないが、戦場での不測の事態には圧倒的な不利となり得る事をクォーツは知っていた。
だが、彼の美学という正義の名の下で優しい人間が見る景色を一緒に見たいが為に賛同してしまったのだ。
『二度と大切な人を失いたくない』
神殿全土が戦場になったとしてもクロだけは助ける。
全ての私設兵団を敵に回しても彼だけが生き残ればそれでいい。
たとえ国を敵に回しても構わない。
彼の正義を貫かせる為に、彼には最後まで生き残って貰わなければならないのだ。
そんな彼の正義の邪魔をする者は誰一人として許さない。
彼は世間から遠ざけられ、忌み嫌われた自分に手を差し伸べてくれた。
『人間と変わらないよ』
クォーツ・リュドミラーという血も涙もない兵器に対し、彼の掛けてくれた言葉が蘇る。
そんな自分を命懸けで助けてくれた彼を……
今度は自分が助ける。
だからもう二度と見捨てたりしない。
だからこそクォーツは焦りと同時に、自分が持ちうる力を解放する事を決意していた。
――――……殺戮兵器としての力を。
神殿北部の森林の一角。
妖しげな満月の光が照らすその場所は、島の埋め立てに使用される資材置き場。
「……今晩は一段と冷え込んでるな。しかし気味が悪いぜ、この島は」
そこにある駐在小屋の前では自動小銃を抱えた黒スーツ姿の私設兵団員2名が煙草を吹かし談笑に浸っていた。
髭を蓄えた男の『気味が悪い』という言葉に反応したのか、もう一人の団員は腕を摩りながら口を開く。
「なあ知ってるかよ、ここの神殿は地下墓地って事もあって……出るらしい。あの世へ連れて行こうとするんだってよ」
「ったくやめろよ……それにしてもさっきから灯台の連中と連絡が取れねぇんだが……ん……」
そんな無線機を握る髭を生やした男がおもむろに目を向けた先には、山のように資材が積み重ねられた頂上に佇む人影。
「誰だ……ッ!!」
そしてその姿が月光により照らし出された時、暗闇に浮かぶ青い眼の正体が女だという事がわかる。
その男の叫び声に小屋の周辺から数十人の団員が駆けつけた時、
「アイツ……なにを……」
彼らの見上げる先の女は、あろう事か腰元からアイスピックを取り出し、
「だったら全部、殺せばいい」
あろうことか勢いよく自分の首元に突き刺したのだ。
クロを助ける為の障害は全て排除する。
クロを生かす為なら全てを葬る事など厭わない。
――――……彼を生存させる。
その為に今自分に出来る事は人間という憧れを捨て『本能』に頼る事だと。
「…………。」
痛みに苦悶する事なく一度閉じられた眼が再び開いた時、その眼光の鋭さは異常なまでに研ぎ澄まされていた。
――――……深い覚醒。
悪魔の中に眠る『形ある者を殺めたい』という殺戮本能が目を覚ました時、その場の生者は冥界へと引き摺り込まれる。
「あれはアルマニオ式……」
「クォーツ・リュドミラーだ……」
団員達の口から洩れるその名前。
その『希少種殺し』と言われた絶対零度のソイツの眼をバンキッシュ国民が覚えている脅威そのもの。
それは歴史の闇に葬られた悪魔。
それを認識した兵団の者が緊急事態を知らせたのか、島中に甲高いサイレンが鳴り響いた。
「ここであの化け物を駆逐するッ!!!!」
資材置き場に続々と集結した兵団の面々は銃を構えるのと同時に、
「相手はアルマニオ式だ……!!一気に畳み掛けるぞ!!」
対象に向け隊列を組むのと同時に別の部隊は近接武器も構えて見せた。
兵団を名乗る者であれば銃撃だけでは化け物に対抗できない事は誰でも知っていた。
悪魔に対峙するその団員は数百を優に超える。
どちらが正義でどちらが悪など分からないその光景は、降臨した悪魔に対峙する義勇軍といったところか。
深い殺意に囚われた殺人機は銃剣と化した九七式に弾丸を装填すると、
「……おい、そこをどけ」
自分を囲んだ数百名に及ぶ団員達を禍々しい殺意で見据えていた。
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