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神殿の北側でアルマニオ式とシャルロウンの私設兵団が交戦を始めた頃。
神殿内部の中心にある本殿では中々ライブが始まらない事に異様な空気が漂っていた。
有罪三姉妹のライブの開演を待ち望む改良種達で現場は騒然としていたのだ。
中には『まだかよー!!』と罵声をあげる者もいれば不安な面持ちで白い幕が掛かったステージを見つめる者。
オールスタンディングの空間には警備の私設兵団含めて千人を超えた収容を見せており、
「ちょっとすみません……!!」
その中に人ごみを掻き分けるクロの姿。
ライブが始まらない事に対し彼が『不測の事態』となっている事に気付くのにはそう時間は掛からなかった。
最悪の展開を予想したと同時にクロは近くに見覚えのある女性の姿を発見していたのだ。
「やっと見つけた……!!」
そんな彼が辿り着いた先には、抽選会場でチケット譲ったナバールの猟師の女性が背伸びをするようにステージを見据えており、
「君はあの時の……でもなぜ君がここに……」
一瞬笑顔になったものの、その顔はすぐに疑問を抱いたものになるのは当然の事。
「今から俺が言う事を落ち着いて聞いてくれ」
クロがそう言って両肩を掴むが彼女はキョトンとした表情のまま。
「……時間が無いから短刀直入にいうぞ。今すぐここから逃げて欲しい」
クロにとってこの場にいる観客達の中で自分の話に聞く耳をもってくれるのは彼女しかいなかった。
「逃げるって……何をいっているんだ。ライブはこれからじゃないか」
「信じられないかもしれないけど、シャルロウンはここにいる改良種を虐殺しようとしてんだよ」
「虐殺だと……?」
次に彼女の持っている武器らしきものに目をやるクロ。
彼女が肩に掛けているのは赤い布に包まれており、どんな形状なのかは分からないが2メートル程の棒状の武器である事が伺えた。
「あんたはナバールの猟師だったな。少しは戦えるんだろ?神殿北部に大型船がある。タイミングを見てそこに向かって出来るだけ多くの観客と一緒に逃げてくれ」
「タイミングって……そんな事が……」
「この場は俺が何とかする……!!」
クロは自分の胸に手を当ててそんな台詞を残し再び人ごみの中へ消えていった。
「お、おい……!!」
残された彼女はクロの鬼気迫る表情に何かを察した半面、矢継ぎ早な警告に困惑し上手く呑み込めないでいると、
――――……!?
突然のドラムロールがライブ会場に鳴り響き、会場にある無数のスポットライトは白い幕の掛かったステージの方へ向けられる。
遂に有罪三姉妹のシークレットライブである『有罪の夜』が始まったと、観客たちは盛り上がりを見せたのだが……
――――……??
「よくぞ参ったのう……ッ!!改良種の諸君ッ!!」
巨大な白いベールが下げられたステージの上にはシャルロウンの姿。
突然の都市長の登場に観客たちは困惑しながらも、これも演出の一環で都市長がサプライズゲストとして登場したとでも思ったのだろう。
空間を振動させるほどの黄色い歓声が会場を覆った。
「……静粛に……これは私、シャルロウン・リリーによる意思の尊重だ」
突然の意思の尊重の行使に驚きを隠せない改良種達だったが、そこで初めてこれが演出ではない事を悟り始めた。
そしてシャルロウンの背後には数百という黒いレインコートの集団が整列している事に会場は徐々に静まり返っていく。
――――……静寂。
そんな中、シャルロウンはマイクを掴み大勢の観客達を見据え口を開いた。
「ここに貴様達を集めたのは有罪三姉妹のライブの為ではないのじゃ。今日はその命を持ってこの国の貢献者となって貰う為……」
だが、その言葉に首を傾げるだけで無反応だった観客達を見たシャルロウンは『わかりづらいか……』といって小さく笑う。
そして彼女は大きく右手を振り上げると、
「……低能な貴様らには分かりやすく教えてやるとしようかのぅ」
勢いよく観客達に向かい折り畳まれた黒い扇子の先を向けた。
――――……??
「この私……希少種であるシャルロウン・リリーの意思の尊重を持って命ずる……今から貴様達は全員ここで死ん……!!」
――――……!!
その時、静寂を貫いていた空間に1発の銃声が響き渡る。
「ほう……」
シャルロウンの視線の先には、客席の中心で上空に向けて威嚇射撃をしたクロの姿。
そしてクロはすかさず片手一本でシャルロウンに銃口を向けると、
「希少種ならここにもう一人いるぜ……!!」
彼の声が会場の隅々まで響き渡るには十分すぎるほどの静寂だった。
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