3:虐殺スティンガー88

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★  呆気に取られたシャルロウンだったが、奇策の香りがする妙案に底知れぬ興味が湧いていた。 「……ゲームじゃと?」 「俺はこの神殿を逃げ回る。お前は全兵力を使って俺や改良種(リメイク)を殺しにかかればいい。いわゆる島全土を使った鬼ごっこだよ。ちなみに俺にとってアンフェアな要素ってのはな……」 ――――……。  クロが彼女に提案したのはこうだった。  ハーデラ正規軍はクロがスピリアンに来る事を知っている以上、失踪ともなればシャルロウンに疑いが掛かるのは時間の問題だと。 「それにさっきの音声も残ってんだよな?だったら好都合だろ」  今までの映像が録画されている事を確認したクロ。  先ほど改良種に向かい『皆殺しにする』と言った音声を編集すればシャルロウンにとって『虐殺を企てた希少種を阻止する為の事故』として大義名分が備わると。  そしてゲームはアルマニオ式を待たずに、ここの観客達がすべて退出した直後にスタートする事。  逃げた改良種達を追うも良し。自分を殺しにかかってきても良し。 「そして俺は西口からスタートしてやる」  北口と南口は道なりに進めば外に出れてしまう為、クロはあえて地下墓地の迷宮へと繋がる西口を選ぶ。 「無事にこの島から出れたら俺の勝ち。全て虐殺できればお前の勝ちだ。このまま銃を向け合ったままじゃ面白くねーだろ?」  クロにとってはこれが最善策だった。  北口から観客と一緒に逃げてしまっては、戦力を集中させ一斉に追いかけてくるシャルロウンの軍勢により改良種の犠牲は増えてしまうと考えた。  要は戦力を分散させ、時間を稼ぐことが目的。  改良種達が北口に出てしまえばクォーツやルビーがいる事で生存率は上がる。  だが同時にクロ自身が生存する確率を捨てているのも事実だった。  これがクォーツの言っていたクロの『自己犠牲』という彼女が恐れていた美学。  そんな理不尽なゲームルールを聞いたシャルロウンが取った反応はひとつだった。 「やはり貴様は面白い……!!だがいいのか?貴様が北の海岸に逃げる術を用意しているのも私は知っているんだぞ?」 「そこはうちのアルマニオ式を信じさせてくれよ。潰せるもんなら潰してみな」 「貴様……自分の命はどうでもよいと?」 「どうせ逃がしちゃくれねーだろ」  そんな腹を括った表情のクロを見据えるシャルロウンはどこか深く感心しているようにも見て取れた。 「さすがは異端児といった所か……ますますその血が欲しくなったぞ。いいだろう、その血闘……スピリアンの都市長であるこのシャルロウン・リリーが受けて立つ!!フフ……!!」  自らの身体に両腕を絡め高揚している様子のシャルロウンにクロは少しばかり胸を撫でおろす。 「決まりだな」 「ではよく聞け!!あの観客達がここを出るまで待機しろ!!これは意思の尊重だ!!」  会場に半数になった観客達を見据え、シャルロウンは私設兵団の面々に意思の尊重を行使する中、 「やはり君は例の希少種だったんだな」  クロの背後に隠れる位置で、息を殺しながら近寄って来たのはナバールの猟師(ハンター)だった。 「なにしてんだ。早く逃げろ、時間が無い」 「話は聞かせてもらった。君には借りがあるんだ。ここは助太刀しよう。私なら……」  赤い布が被った大きな棒状の武器を解こうとする彼女に向かい、クロは制するように言葉を返した。 「さっきの俺の言葉が聞こえなかったか?借りにしちゃデカすぎる。アンタの命を無駄にする気はない」  チケットを譲ったとはいえ結果的に事故に巻き込んでしまった事には違いない。    ただ、そんな臨戦態勢に入りそうな彼女を見てクロはひとつお願いをする。 「借りを返したいんだったら、あの改良種達を無事に逃がす事を手伝ってやってくれ。ナバールの猟師は強いんだろ。だったら頼む」  クロは追撃を少しでも抑えてくれればそれでいいと彼女に伝えるとすぐに質問が返ってくる。 「君はどうするんだ?」 「俺の事はいい。早く行け。これはアンタに対する希少種の意思の尊重だ」  クロはシャルロウンに銃口を向けたまま背後にいる彼女へそんな言葉を向けるが、 「そんな……ズルいぞ!!不当だ!!」  彼女は引くどころか小声でクロに反抗する始末。 「アンタは分からず屋だな……!!この頑固者!!」 「なっ……頑固者は君だろう!!」 「俺はひとりで大丈夫なんだよ……!!」 「脚が震えてるじゃないか……!!」 「ほっとけ……!!仕方ないだろ!!」  そんな小声でやり取りをしているとステージ上のシャルロウンはクロに向け口を開いた。 「そこでコソコソと何をしている?まさかこのゲームを放棄するつもりではないだろうな。もうすぐ観客がいなくなるが?」 「ああ。わかってるよ」  そうクロが返答するとシャルロウンは満足げな表情で再び逃げる観客達の方へ目線をやった。  そしてクロは再び背後の猟師に声を掛ける。 「ありがとな。アンタのお陰で少し楽になったよ。ほら、じゃあ頼んだぜ」 「……仕方ない。意思の尊重を無視できないのも事実だ。だが借りは必ず返すと約束しよう。それが私の信念だ」 「あーはいはい。期待しないで待ってるぜ」  クロがそう言うと彼女は彼に対し膝カックンを一度した後『レアブラッドの為に』と小声で呟きその場を離れていった。 「……ったく。クォーツと言い猟師(ハンター)女子はあんなのばっかだな」  そう文句を垂れながらもクロは銃口をシャルロウンに向けたまま西口の方へ移動していく。 「そんなに警戒せずとも、観客がいなくなるまでは待ってやるぞ」 「俺は最後まで気を抜かないタイプなんでね」 「食えん男じゃな……しかし、今宵はその身を喰らって一興を添えてやろう」  そんなシャルロウンにギリギリまで銃口を構えていたクロは、西口の前に差し掛かった瞬間に勢いよくその中へ飛びこんでいく。 「ククク……さあ者共……そろそろ準備をしろ。クロキの思惑通りだが……戦力を分散させる。それくらいは呑まれてやろう」  シャルロウンは逃げていったクロをすぐに追うような事はせず、律儀に観客の退出を見据える様子は完全にこのゲームに乗っている事が伺える。 「逃げる者を蹂躙するとは美しい。血闘という決まった型ではなくそこから独創性を加えるとはまさに芸術。今宵は血祭りといこうかのぅ」  ステージ上で両腕を広げ天を仰ぐシャルロウンは興奮しその身を高揚させ、 「私はクロキを追う。最前線で見たいのじゃ。希少種が死ぬところを。そしてその血を手に入れてみせよう」  これから始まるアンフェアなデスゲームに対しかつてないほど上機嫌だった。 ――――……一方。  そんな光景を内側から鍵の掛けられたモニタールームで見据える者達がいた。  島の各所に設置されているカメラの映像が無数の画面に映し出されるその室内の中心にいたのはアイン。 「クロキ様は改良種を助ける為にこんな決断を……」  彼女はクロの『自己犠牲』の精神に不安げな表情を浮かべていた。  その両サイドには鉄仮面を付けたツヴァイ、トライと呼ばれる少女達の姿があるが二人は直立したままひとつの画面しかみていない。 「……やはりアルマニオ式が気になりますか?」 「…………。」 「…………。」  そんなアインの言葉にさえ反応することなく、北の森林で交戦するクォーツとルビーの映像を凝視しているだけだった。  他の画面に映るのは北口に向かった800人の改良種(リメイク)。  北の海岸で待機するパドとコバルト一味。神殿の迷路内に飛び込んでいったクロ。  そしてそれらを狩る鬼としてライブ会場に集結しているシャルロウンの私設兵団とジルコン式。  そのすべてを画面に映せていたのはクロ達との作戦会議もあった事で、アインにとっては難しい事ではなかった。 「この画面上を見る限り……役者は揃ったといったとこでしょうか」  そんな有罪三姉妹(ギルティシスターズ)が島全体を監視するように見据える中、 「まあ誰が勝つかなんて……それはもう分かりきってますけどね」  アインは意味深な台詞と共に手に持った青い液体を画面にかざし口元を吊り上げる。 「…………。」 「…………。」  そしてツヴァイ、トライの背後には複数のメイド姿の兵士が血まみれで地面に横たわっていた。  そんな彼らによる生存と殺戮が織りなす神殿サバイバルゲームはこうして幕を開けたのだった。
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