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北の船着き場に寄せられていたタンカーの甲板上。
パドとコバルトの目に映ったのは灯台の下に百を超える改良種達が、助けを求めるようにこちらに向かって手を大きく振っている姿。
「すでに改良種が……」
「クロの兄ちゃんが何か手を打ったのは間違いねぇな」
そこから船体を桟橋に着けると、二人は甲板からいくつかの鉄製の縄梯子を落とし上陸。
そしてすぐさまコバルトの部下達が誘導を試みる中、コバルト自身はひとりの改良種を引き留めた。
「おい!中で何があったってんだ!」
改良種達が慌てふためきながらもすでに『避難』という思考がある事自体、ただ事ではないと悟ったコバルト。
「き、希少種様が!ハーデラの希少種様が……!!」
怯える改良種の話を一通り聞いたコバルトとパドは顔を見合わせる。
クロが意思の尊重を行使して『脅し』にも近い命令を下した事を聞きだしたコバルトは、
「おい……!!この中にナバールの猟師はいるか!!」
群衆に向かいそう声を掛けると、彼の名が通っている事を伺わせるように7~8名の男性猟師が名乗りを上げ駆け寄ってくる。
「2名は灯台で神殿に向けて明かりを切らさねぇように見張りについてくれ。あとは引き続き避難者の誘導を頼む。スピリアンの私設兵団の連中は全て敵だと思え」
その言葉を聞いたナバールの猟師達は各々が従順たる動きで散っていくと、コバルトは背中に釘バット、腰元からベレッタと呼ばれる黒い拳銃を取り出しパドを見据える。
「クロの兄ちゃんが時間を稼いだんだろうな。こうしちゃいられねぇ」
「ですがここから先はジルコン式がいるはずです。彼らはその辺の改良種とは違って……」
「クケケ……ソイツらがどんなもんかは知らねぇがハーデラの変異種に比べりゃ対した事ねぇだろ。それにな……」
コバルトは一度サングラスを上げると小さく首を横に振って見せる。
「あの男……クロの兄ちゃんはこんなところで死んじゃいけねぇ男だ。少なくとも俺様はそう思ってる」
「コバルトさん……」
――――……そうして
互いの意思を確かめ合った2人が北の森林から神殿に向け南下していくと、次々に避難してくる改良種達とすれ違っていく。
「おいテメェら……!!」
その度にコバルトはナバール出身の者を探しては灯台の光を目指すよう指示しながら進んでいく様は彼の人望の厚さが伺える。
だが、必死に走りゆく改良種達の中には負傷している者も少なくなかった。
クォーツやルビーとも連絡が取れなくなっていた事に不安を覚えていたパド。
その感情を煽るように、森林の至る所では木々が燃え盛り、戦場特有の火薬の匂いや血生臭さが蔓延する中、彼らが出たのは広大な資材置き場。
――――……!!
「これは……」
その光景に目を見開いたまま固まってしまったパドは2年前の惨劇を思い出してしまう。
「随分と派手に……いや、そんなレベルじゃねぇ。こいつは……」
自分の腕を鼻に押し当てて苦悶の表情を浮かべるコバルトの前に開けた景色は赤く染まった空間。
それはまさに戦場そのもの。
所々で炎を揺らし燃え盛る資材の数々と監視小屋。
鮮血が木々を染め上げる中、無数の亡骸がそこら中に転がり、主を失った無数の武器が地面に突き刺さる。
地面に崩れる者。四肢を千切られた者。木の枝に引っかかったまま絶命している者。未だ助けを求めもがき苦しんでいる者。
見渡す限りの死体の山。
その数はあろうことか千を優に超えていたのだ。
その死体の山の中にはシャルロウンの私設兵団はもちろん、避難してきた改良種、ジルコン式と思わしき黒いレインコートの姿まである。
「これがアルマニオ式の力だってのかよ……」
目を細めるコバルト、兵器としてのアルマニオ式の戦力を再認識していたパドにとってここが主戦場となっていた事を悟るのにそう時間は掛からなかった。
そんな空間の中心では赤髪の少女が、この場にいる最後の生者と思われるジルコン式3体と対峙していたが、
「軍曹……!!」
パドは彼女の肉体がひどく損傷している様を初めて目の当たりにする。
あのアルマニオ式がここまで追い詰められていた事に。
だが千近い敵を迎撃していたと考えれば当然の結果でもあった。
ルビーを囲む3体のジルコン式は蝙蝠のように黒いレインコートを靡かせあらゆる角度から襲い掛かっていく。
「なんだありゃ……蟷螂みたいじゃねぇか……」
コバルトはその姿に驚きを隠せない。
ジルコン式の両腕に生えた大鎌のような刃物。
そしてジルコン式はわずか数日で進化したとでも言うのか、背中から薄い羽のようなものが見え隠れしている。
「ちょこまかしやがって。蝿野郎が」
ルビーの言う通り蝿のような機敏な動きと、蟷螂の鎌を思わせる斬撃。
その身体は完全に飛びはしないものの空中で不規則な方向転換を見せる事にルビーは苛立ちを隠せていない。
それでも彼女は全ての攻撃を受け流した後、苦戦している台詞を漏らしながらもジルコン式と距離を取る。
複数という未知の生物兵器に対して、手慣れたように応戦する姿はさすがアルマニオ式といった所。
だがパドはそんな彼女にも体力の限界がある事を察していた。
ルビーの体には無数の銃痕、開ききった肩の傷口は完全に治癒が遅れている事からここで起こった戦いの壮絶さが伺えたのだ。
「俺様達も援護に……!!」
「いえ、返って危険です」
一歩踏み出そうとしたコバルトに対しパドは右手で制すると、3体のジルコン式に向かい斬馬刀を構え直したルビーに目をやった。
「なんだって……」
コバルトは険しい表情でパドの視線の先に目をやった瞬間にその意味を悟る。
その空間を掌握するように真っ赤に染まった鬼の眼。
ルビーはジルコン式3体に対峙したまま斬馬刀の柄についた鎖に手を取ると、軽い縄でも扱うかのように重い刀身を鎖鎌の如く上空で振り回し始める。
「蝿叩きといこうじゃねぇか」
彼女の頭頂で円を描き続ける斬馬刀がたちまち残像を残すほどの速度に達した時、その周囲に草木を動かすほどの重い風圧を巻き起こしていた。
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