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そしてルビーは3体のジルコン式に向け距離を詰めると、そのまま遠心力の纏った斬馬刀を叩きつける。
その攻撃に両腕の鎌で防御の体勢を取ったジルコン式だったが成す術は皆無。
遠心力が暴走した巨大な鎖鎌は地面に散らばる死体ごと全てを撒き散らしながらジルコン式を巻き込んでいく。
プロペラと化した斬馬刀に巻き込まれた2体のジルコン式は見るも無残にその肉体を散り散りにしていき、パドとコバルトは思わず目を背けてしまうほど。
だが、同時にパドはその攻撃方法に一抹の不安を感じていた。
何故ならば回転する斬馬刀が地面や資材を巻き込む度に、その破片がルビーの身体さえも抉ってしまっているのだ。
散弾のように飛び散る破片は敵はもちろん、ルビー自身にも危害が及んでいる。
つまり、彼女は冷静な判断を失いつつあるという事。
全てを巻き込む諸刃の剣とも言うべきその戦法は、この戦場で生き残ったルビーが兵器としての力を解放している事を意味する。
ジルコン式はルビーにその技を引き出させるほど善戦を見せているという事だ。
そしてジルコン式が持つ適応能力の高さを同時に証明するかのように、残された1体はルビーの攻撃をいとも簡単に回避していく。
「これが戦闘データ……経験を詰ませるという事ですか」
「クケケ……吸収力は想像以上だな」
そう、パドとコバルトの言う通り、ジルコン式はルビーへの対処法を一瞬で編み出し秒単位で進化を遂げているのだ。
仲間の死を見届ける度に学習していくジルコン式。
長い目で見れば、人の形を失った兵器がアルマニオ式を超えるのは時間の問題といった所。
「逃げ回ってねぇでさあ来いよ……!!」
そして次の瞬間、ジルコン式に向かいルビーが真横の回転から縦に斬馬刀を叩きつけた時だった。
――――……!!
高く上がった噴煙から抜け出したジルコン式は、身体の前方で拳を合わせるように2本の鎌を突き出すと、
「……ッ……。」
その刀身は目を丸くするルビーの腹部を貫通していた。
千近い敵を掃討してきた彼女の体力、身体能力の低下。そこの隙を付くような一撃にパドとコバルトも言葉を失う。
ジルコン式のマスクから洩れる殺意に染まった吐息、ルビーをギロリと見上げるように睨みつける血走った眼。
そのまま両手を広げればルビーの胴体が引きちぎられてしまうのは目に見えていた。
「軍曹ぉぉおおッ……!!」
いくらアルマニオ式といえど頭部、もしくはその身体の30%を損傷した場合は機能が停止する事を認識していたパドは小銃を構えるが間に合いそうにない。
そしてジルコン式がルビーの腹部に突き刺した両腕の鎌を一気に開こうとした時、パドとコバルトは残虐性の高い光景を想像してしまうが……
――――……!?
その両鎌は一寸として動かず。
「やっと捕まえたぜ……蝿野郎」
俯いていたルビーが顔を上げた瞬間、その口元はニヤリと笑っていたのだ。
ジルコン式が何度も両手を開こうとするが微動だにしない。
何故ならその両腕には手錠を掛けられたかのように斬馬刀の鎖が巻きつけられ、とてつもない力で締め上げられていく。
そう、ルビーはわざと攻撃を受け入れた瞬間に差し向けられた両腕を鎖で捕縛していた。
メキメキと締め上げられる鉄鎖にジルコン式の肘は曲がってはいけない方向に屈折していき、その激痛にたまらず引き抜こうとするがそれもできない。
そして、もがく事さえも許されないジルコン式が死を悟った瞬間、
「これで終わりだ」
ルビーは自らの肉体に両鎌を受け入れたままジルコン式の身体を持ち上げ、あろうことかそのままジャーマンスープレックスを決め込んで見せた。
彼女の後方へ首から地面へと叩きつけられたジルコン式は、首の骨ごと頭部が粉砕されて絶命。
鮮血が飛沫した瞬間に、ルビーの腹部に刺さっていた鎌も抜け落ちるようにジルコン式を沈黙させたのだ。
「なんて無茶苦茶な嬢ちゃんなんだ……」
茫然とするコバルトの横にいたパドはすぐさまルビーの元へ駆け寄っていく。
「軍曹……!!」
斬馬刀を地面に突き刺し、その場に片膝をついていたルビーは大きく肩で息をしていた。
「おう。来たか……パド。悪いな。全部守り切れなかった」
辺りに沈む改良種達を見渡しそんな台詞を口にしたルビーに対しパドは首を横に振る。
「何を言ってるんですか軍曹!!自分の身体を心配してください……!!」
「アタシは大丈夫だ。こんなにまともにやりあったのは2年ぶりだからな……だいぶ鈍ってるみたいだ」
そう言ってルビーは立ち上がり腕に力を入れる素振りを見せると、その肉体からは体内に埋まっていた銃弾が浮き出てくるかのように姿を見せ地面に落ちていく。
「誰かを守りながらじゃなきゃ……もう少しまともにやれたんだけどな」
そう言って退けるルビーだが辺りにはジルコン式が百体以上散らばっている様子。
「おいおい嬢ちゃん……これ全部ひとりでやったってのかよ」
そんな光景を見渡しながら近づいてくるコバルトに対し、
「いんや、半分以上はクォーツと一緒に殺ったんだ。残りは全部アタシに押し付けていきやがったよ。あのバカ女」
ルビーは煙草に火を着けると小さく笑って見せたが、その表情からは疲労困憊といった様子が伺えた。
「しかし……ジルコン式というのは想像以上に大きな脅威かもしれませんね」
「まあ認めたくはねーがな。単体を相手にすんのは大した脅威じゃねぇ。ただ束になると厄介だ。それに戦っている中でどんどん強くなる。早いうちに始末しないと手が付けられなくなるぜ。ここでケリをつけた方がいい」
戦局が不利だったとは言え、ルビーが認める程の脅威という事実にコバルトは肩をすくめて見せる。
「クケケ……ジルコン式はここで掃討するべきってか……まあ確かにそうなんだが。嬢ちゃん、まだ動けるのかよ」
「アタシを誰だと思ってやがる。あと2~3分もすれば傷口は塞がる。問題ねーよ」
「アルマニオ式……生物兵器の最高傑作とはよく言ったもんだな」
「ほっとけ鳥頭」
死体の山に腰を掛けるルビーと、そんな彼女を呆れた表情で見据えるコバルトだったが、
――――……??
神殿の方からまたしても避難してきたであろう改良種達がこちらに向かい走ってくる。
「休ませちゃくれねぇか……ったく」
ルビーは斬馬刀を杖のようについてその場に立ち上がりその群衆を見据える。
彼らが逃げてきたのであれば、またしてもジルコン式や私設兵団が追撃してくるに違いないからだ。
逃げてくる改良種に対し、コバルトは先ほどと同様にナバールの者に声を掛け灯台に向けて避難するように声を掛けていく中パドが口を開く。
「これで400名近くは避難できそうです。軍曹、援護します」
「ああ、俺様もちょうど暴れたいと思っていたところだぜ」
武器を構えるパドとコバルトだったが、ルビーは鼻を少しばかりひくつかせるとその表情は疑問に満ちたものに変わる。
「いや……なんか変だ」
ルビーがいう通り、群衆が北の灯台に向け走り去ったまではいいのだが追手が一向に姿を現さないのだ。
「近くに生体反応もありません……これは一体……」
自らのパソコンを開くパドも理解に苦しんでいるようだった。
不審に思った三人はルビーの治癒が追いつくのを待った所で、森林を抜けた先にある神殿の北口に差し掛かる。
その間、追手と思わしき敵の軍勢に遭遇する事はなかった。
石造の入り口に立てかけてあった松明を手に取ったコバルトを先頭に三人は神殿内部に足を踏み入れるのだが……
――――……!?
「こいつはどうなってんだよ……」
コバルトが動揺するように、細長い通路を進んだ先にある開けた空間には想像を絶する光景が広がっていた。
「全て……沈黙しています」
神殿の内部は電波が遮断されている為、生体反応を確認する事は出来なかったがそれは目視だけで十分すぎる程。
ピラミッド内部のような石造りの神殿内部は、本来であれば白い石で囲まれた6面の壁が今は真っ赤に染まっている。
まさに鮮血の神殿と化した空間。
そこで数百の私設兵団、ジルコン式までもが無残な姿で朽ち果てているのだ。
先ほどの戦場よりも残虐性に満ちた光景。
そのどれもが体に大穴が開いており、中には砕け散っている者もいる。
「まさかクォーツさんがひとりで……」
言葉を失いつつあるパドに対しルビーは否定する。
「馬鹿言うな。アタシとクォーツが離れたのはついさっきだ。いくらなんでもこの数を短時間でやっちまうなんてのはどう考えても無理だ。だがまあ……単騎だろうな。この感じは」
「確かに……軍曹の言う通りですね。どれも傷口の形状が似ています。何かで強引に貫かれたような……しかも全て背後から」
パドの言う通りまるで何かから逃げるかのようにその死体の数々は背後から貫かれたような傷口。
「おいおい勘弁してくれよパド。敵味方関係なく暴れるような化け物がいるってのかよ」
「軍曹、敵味方ではありません。敵だけが掃討されてます。一般改良種の死体は確認できません。まるで私設兵団やジルコン式が虐殺されたかのようです」
「虐殺って……それをやろうとしてんのは都市長だろ?」
「ええ。そうなんですが……ただ、この光景を見る限りは……」
ジルコン式を凌駕する生物兵器の存在を悟るルビーとパドだったが、コバルトは死体のひとつに目をやってその場にしゃがみ込む。
「こいつは……いや、そんなはずは……」
コバルトは何か思い当たる節があるのだろうか、顎元を抑えてひとつ頷いた後ルビーとパドの顔を見つめた。
「案外……招かれざる客は俺達以外にもいるかもしれねぇな」
「どういう意味だよ、鶏頭」
「確証はないからなんとも言えねぇが……とにかく今はクロの兄ちゃんを探す事が先決だ」
そのコバルトの意味深な言葉にルビーとパドは渋々納得しながらも本殿へ向け前進していくのだった。
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