3:虐殺スティンガー88

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――――……突然だが、  命懸けの鬼ごっこなんてものをするとは思ってもみなかったが、これしか打開策が思いつかなかったのも正直な所。  俺はクォーツから貰ったブラックホーク片手に通路の物陰に身を潜め、息を殺して追手が過ぎ去るのを待っていた。 「いたか……!?」  私設兵団の連中がジルコン式を引き連れて俺を探しているようだが、どうやら完全にこちらを見失っているようだった。  恐らく5名程の少数部隊を分散させて神殿内を捜索している。  昔から戦うのは苦手だが逃げるのは得意だ。  幸か不幸か、シャルロウンサイドも無線機が使えない以上、もう少しばかり時間は稼げそうで何よりだが…… 「はぁ……なんで俺はいつもいつも」  無我夢中で結局自分が助かる方法なんて考えてなかった事に少し後悔をしているのも事実。  脱出方法を考えようにも、今自分が地下何階にいてどの辺にいるのかさえ分からないほどこの地下神殿は複雑に入り組んでいるようだ。  すでに方向感覚も麻痺してしまっていた。  ただシャルロウンへの提案もそうだが、無数に分岐する細い通路を『感覚』だけで判断し迷う事はなかったんだが、結局迷っているというか。  俺に流れる血が『こっちだ』とでも言っているようで。  よくわからないが、これも本能の一部なのだとしたらこの選択は何らかの意味があるはずだと信じたい。  そんな事を考えているうちに追手は過ぎ去った事を確認した俺は再び前進。 「……うん。こっちな気がする」  なんて選択を繰り返し、地下に降りる階段をひたすら進むとそのうち通路脇の照明もなくなっていた。  地上にしか脱出口は無い事などわかっているが、危険度も比例するという奇跡が起きている以上深層部へ向かうほかない状況。  俺はこのまま地下深層部に潜む裏ボスでも倒しにいくつもりなのだろうか。  まあこの地下特有のひんやりとした空気のお陰もあって妙に冷静なのも事実なんだが。  そうして、しばらく人が踏み入れていないであろう暗い通路を、ライターひとつで照らし進んでいくとまたしても分岐点。 「……右だな」  何故なら俺は右利きだ。  という再び謎の直感で1歩を踏み出した時だった。 ――――……!?  足元が崩れ、完全に選択をミスったと悟った俺は更にもう一層地下に落ちてしまったのだが…… 「………なんだよ、これ」  謎の山の頂上に落下し、バリバリと音を立て何かがクッション替わりになった事で2メートル程の落下で済んだわけで。 「つつつ……」  尻を摩りながらもライターを再び照らすと、 ――――……!?  そこには無数の人骨の山がいくつもあり、俺は幸運にもそのうちのひとつに落下したようだ。  ここは墓場……なのだろうか。  ただ墓場というにはゴミ捨て場に近い気もするし、腐敗臭なんてものを感じるはずなのだがそんなものは一切しない。  つまり相当時間が経っている事なのだろう。  ここは神殿墓地といわれているくらいだからそうだとは思っていたが……恐らくここだけで数千の改良種の骨がある事が伺える。  それに天井を見上げれば今落ちてきた所には登れそうにない。 「ただこれだけの骨が埋葬されるくらいだから……」  俺は手の平に唾をつけて天井の方向にかざしながらしばらく散策していると、 「ここだ」  さっき俺が落ちてきた穴が風の通り道になったんだろう。  多少材質の違う天井の一部分から細く吹き抜けている風が伺えるわけで。  取っ手のようなものまである。  ここに遺骨がある以上、墓石のように骨を運び込む場所が必ずあるはずだと思ったのだ。  先程の天井よりは低い位置にある事で、眠っている骨達には悪いがそれを足台にブロックをずらし、なんとか1層上にあがり再びライターで照らす。 「これは……」  祭壇とでもいうのだろうか。  俺が出てきたのは石造の棺桶のような形で、どうやらここが出入口だったようだ。  本来出てきちゃいけないトコから出てきてしまったんだろう。  ただ先ほどの空間とは違いどこか油臭い気もする。  俺は再びそっと祭壇の蓋を閉めその場で手を合わせ、供養染みた事をやってみたまではいいが…… 「……はぁ……詰んだ」  もう自分が完全にどこにいるのかわからない。  すでにライターの火が今にも消えそうに小さくなっている事からガスも残り少ないんだろう。  この祭壇の周囲さえも照らせない状況。  ここにいても陽は昇らないし、完全な暗闇に長時間いれば精神状態がもっていかれるってのは何かの本で読んだ事がある。何より寒い。  ふと我に返った途端にドッと疲労感に襲われていた。  なんだか心の底から『犬死に』という奴を悟ってしまったような気がする。   そんな俺は祭壇に背を預けるようにその場に座り込んで大きな溜息を吐くと、ポケットからいつの日か貰った煙草を取り出し火を着ける。  そしてその瞬間にライターの火は完全に消え、再び着くことはなかった。 「……最後の1服ってか」  無数のフラグを建てられた俺は『最悪、銃もある……』なんて事を考えながらも煙を吹かす。  最悪、墓の近くで死ねるのは人として幸運といったところか。  静寂の中、じりじりと咥え煙草を吹かすと、火玉がぼんやりと自分の顔の周囲だけを照らす状況。  それはもうすぐ完全に暗闇が支配する事を伺わせる。  徐々に迫りくる死期というモノを感じたのは確かだが、どこか申し訳なさもあった。 「ごめんな、クォーツ」  そんな台詞がポツリと口元からこぼれた瞬間に俺のすぐ真横で女の声。 「なんで謝ってんのよ」 「え……」  煙草の火玉に照らされ目つきの悪い白い顔が浮かび上がる。 ――――……!? 「……悪霊ッ!!」 「誰が悪霊よ!!」  そして激しく動揺した俺がすっ飛ばしてしまった煙草はコロコロと溝のような部分に転がり落ちていくと、 ――――……!!  古の宝物庫のような構造を思わせるようにその火は溝に沿って走り抜けていくとあろう事か空間全体を照らし出した。  溝には何らかの燃料が流し込まれていたのだろう。  目を眩ましながらも瞼を見開いた先には、どこか見慣れた不機嫌そうな顔の女がしゃがんでこちらを見据えているではないか。 「クォぉーツぅぅうう……!!」 「ちょ、ちょっと何すんのよ……!!」  俺は思わず彼女に抱き着き『怖かったよぅ』と胸元にスリスリして甘えてみたのだが、 「うーん」 「殺すわよ」  なんか物足りないと思った瞬間に脳震盪を起こすほどの往復鉄拳と言う強襲迎撃にあったわけで。 「……まったくアンタは。どこまでも馬鹿ね」  腕を組み仁王立ちする彼女の前で正座を強いられた俺は傷む両頬を摩りながらも底知れぬ安堵感に浸っていた。
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