3:虐殺スティンガー88

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 危うく本格的に仏門にぶち込まれるところだったが、クォーツが血まみれになっている所を見れば北側での戦闘が壮絶だった事が伺える。 「助かったよクォーツ。それにしてもここは一体……」  見渡す限りサッカーグラウンド1面分ほどの広さを誇る遺跡のような場所。  だが、神殿という言葉がしっくりくるような古風な空間の至る所には見たことも無い機械が沢山あり、そのどれもに布が掛けられている様子。  俺達がいる祭壇は空間の端にあり、それとは真逆の位置に大きな出入口。  石造りの床には太いケーブルや黒いチューブ状のものが網羅している。 「培養器があるって事はシャルロウンの個人ラボって所かしら。ほんとにアンタはこういうの嗅ぎつけるの上手いわね」 「好きで来たんじゃないっての。それにしてもだだっ広いなこの部屋」  するとクォーツは祭壇のすぐ隣にある大きな箱状の機械を触ると、空間全体の機器が稼働する音が響き渡る。 「電源も生きてる。恐らくここでジルコン式の製造、例の干渉剤も加工していたんでしょう」  クォーツはそう言って床に転がっている割れた注射器のようなものを取り上げて見せた。  彼女の話によれば、今回のジルコン式はもちろん、以前からここで違法改良種を製造していたのは間違いないようだ。  その証拠に簡易式のベッドのようなものも空間の脇に折りたたまれて保管されている様子。  人目に付かない遺跡の最深部で違法な悪事を働くとは、いかにもラスボスがやりそうなことではあるが…… 「じゃあここを摘発すればシャルロウンを有罪にできるって事だよな」 「そうね。ただ、正規軍を動かすなら証拠が必要ね」  クォーツはそう言いながら空間の中心にある一番大きなパソコンを操作して小さなスティック状の機械を差し込んで見せる。 「何してんだよ」 「このメインコンピュータから情報を根こそぎ同期させてるのよ。このメモリースティックに」 「クォーツもこういう事できるんだな」 「まあ私は元々近接訓練を受けていない代わりにハッキングとかの訓練は一通り受けてるし。そういう兵役学校の特別授業に参加してたのよ」  ハーデラの兵役学校か。 「つまりクォーツにも学生時代があったと」  女子高生のクォーツっていうのも悪くないな。性格はきつそうだけど。  そんな元女子高生の彼女は『まあね』と手慣れたようにキーボードを触り次々と画面を開いていくと警告サインが沢山現れては消えていく。 「こういうのってセキュリティー的なのが厳しそうだけどな。難しくないのか?」    俺には全く分からないが厳重にロックされてたりするだろう普通。 「パドがこのメモリー自体に暗号を溶かすウィルスをあらかじめ仕込んでくれてるから個人的なセキュリティくらいであれば問題ないわ。アイツは昔からこういうの得意だったのよ」  クォーツ曰く、普段はアルマニオ式と一般軍人候補生に交流はないのだが、パドとは兵役学校時代にハッキング習得の為の特別授業で一緒だった事があるらしい。  普通科の授業に別の学科の生徒が混ざり込むみたいな感じなのだろうか。  なんだかクォーツが自然と自分から過去の話をしたのは初めてな気がする。 「ただ……元々このメモリーの中には私やルビー、マキナの個人情報ファイルもあるのよね。他にもたくさん……なんなのかしら。しかもみんな女ね。写真ファイルまであるわ」 ――――……!? 「さ、さあな」  あのバカ野郎……!!  いつの日かパドは女性軍人のスリーサイズから足のサイズまでありとあらゆる個人情報を軍のデータベースから定期的に引き抜いているというイカれた功績を誇らしげに語っていた。  このままではクォーツが謎を解き明かすのは時間の問題で、仮に今回の一件が解決したとしてもハーデラ私設兵団から死者1名が出てしまうのは確実。  現在、同期の進行度は70パーセントってトコか。  なんで敵よりもこっちに気を遣わなきゃいけないんだよ。  本来ならこういう時に敵が来て『時間が無い!』みたいな展開になるはずなのに。  クォーツが絶対に開いてはいけないであろう画像ファイルにポインタを移動させようとした瞬間に俺は口を開かざるを得なかった。 「いやほら。そんな事よりさ、よく俺がここにいるってわかったな」  その問いにクォーツはマウスから手を離してこちらを振り返る。 「ん、ええ……まあどーせアンタの事だから地下に進むことしか考えないでしょ。アンタが馬鹿みたいに単純で良かったわ」  なんだか悔しいが……俺の勘というやつが正しかった証拠だろう。  結果的にはクォーツとこうやって落ち合う事ができたんだ。  それにパソコンの時計を見れば22時を指していて船の出航まで2時間といった所か。時間は限られている。  ちなみに北側の制圧はルビーに全て押し付けてきたらしい。  心配だがそこは彼女達を信じるほかないだろう。  そうして他のみんなの状況を聞きだしているうちに小さな電子音が響き、 「これで証拠は掴んだわ」  クォーツはメインコンピュータからメモリーを引き抜くとポケットへしまいパソコンから離れてくれたわけで。  パドめ……感謝しろよ。  証拠を抑えた以上、あとは改良種を避難させてこれをハーデラに持ち帰れば作戦完了といったところ。 「よし……じゃあ行こうか」  ここからの脱出は諦めかけていたが彼女がいれば『なんとかなる気がする』と思った俺はその場に立ち上がる。  「どこいくのよ」 「いや、脱出するんだろ?」   「来た道が分からないから無理よ」  ダメだ全然なんとかならなかった。 「お前も迷子かよ。その考えは無かったわ」  話を聞けば『覚醒』とやらで突っ走ってきた事もあって、この地下神殿をどう進んできたのか分からないらしい。  それ以上は聞かなかったが、生物兵器として戦闘をしてきた事で恐らく自我を失ってしまっていたのだろう。  彼女を責めるつもりはないし元々は俺のせいだと割り切っていたのだがクォーツからの悪い報告は続く。 「それに残りの弾丸はこれだけ。想定以上の消費量ね。切り抜けるのにも無理があるわ」  そう言って彼女の手のひらにあるのは4~5発の弾丸だけで、クォーツは無表情のまま握りしめて見せた。  俺を守りながら戦うには厳しいってところだろうか。 「だったらクォーツだけでも先に……」 ――――……!?  俺がそう言った時、クォーツは俺の右頬に平手打ち。  その痛みはさっきのやつよりも何十倍も痛く感じた。 「私はアンタのそういうトコが嫌い」  クォーツは珍しく心の底から怒っているようだった。 「嫌いって……なんだよ」 「もう我慢できない。いつもいつも誰かの為にってバカみたい。まるで自分の事なんて何も……」  クォーツはそこまで言葉を口にした時、ピクリと片眉を動かして九七式に弾丸を装填する。 「お、おい冗談だろ!!なんでそんなに殺気をバリバリむき出しにしてんだよ!!」  いや……この殺気は……  俺がそう考えた刹那、クォーツは間髪入れずに銃剣の先を勢いよく突き出してきたのだがその切っ先は俺の頬を掠め、 「……ッ……。」  いつの間にか俺の背後で鎌を振り上げるジルコン式の喉元を貫いていた。 「クロ……!!」  反射的に彼女の意図を掴んだ俺が耳を塞いでしゃがむと、クォーツはそのまま砲撃してジルコン式の頭部をまるごと吹き飛ばして見せた。  九七式の砲撃による風圧で尻もちをつきそうになったが、クォーツはすぐさま俺を抱えると祭壇の陰に退避。  その瞬間に室内には無数の殺気を感じ取る事ができたわけで。 「やっぱこうなるよな……」 「私設兵団も警戒しながら入って来たわ」 「そういや前にもこんな事あったような気がするな」  祭壇の陰から一度状況を確認したクォーツは再び隣に背を預けると、 「そうね。ハーデラから出る為に地下水路の……って思い出話に浸ってる場合じゃないのよ……!!」  強引に俺の胸倉を掴み自分の顔に引き寄せる。 「さっき話の続きは帰ってからゆっくりするから覚悟しておきなさい!!」 「え……?まだ続きがあるのかよ……!?」 「だからアンタには生きて帰ってもらう。万が一アンタが自分を犠牲にしようとしたら私が殺すわ」 「どっちみち死ぬじゃねぇか」 「もう……!!とにかく生きて脱出するわよ!!」  クォーツは九七式に残り少ない弾丸を装填しているところで俺もブラックホーク握ると彼女は驚いた表情をしていた。 「何してんのよアンタ」 「ここから出来る限り援護する」 「馬鹿言わないでよ……!!アンタは人を撃った事ないでしょ!?」 「だったら何の為に訓練してくれたんだよ」 「それはアンタの護身用の為に……!!」 「じゃあ今は護身だ」  俺はド素人だし上手くできる訳もないが、彼女達だけを戦わせる事などもうしないと決めていた。 「だからって……」  納得していないクォーツに対し俺は思っている事をはっきりと伝える事にした。 「何より大切な仲間だけを戦わせて俺だけ隠れてるなんて真似はしたくないんだよ」 「大切なって……な、何なのよ……!!そんな突然アンタの気持ちに応えられるかなんて……!!」  お前は何を勘違いしてんだ。 「バカ野郎。少しでも2人で生き残れる確率を上げるんだよ」  ここでジルコン式と交戦した以上、鼻のイイ仲間が嗅ぎつけてくれるだろう。俺の銃声だって役に立つかもしれない。  そしてクォーツは『ああそういう事ね』と謎に落ち着いたところで。 「どちらにしてもここで迎撃するほかない。時間を稼ぐぞ。クォーツは祭壇に近づく脅威を排除、俺は援護射撃。いいな」 「じゃあアンタはその代わり……!!」 「今晩クォーツの説教を有難く聞けばいいんだろ。いくらでも聞いてやるよ」 「流れ弾が当たったら終わりなんだからね。私が言いたい事わかるでしょ」 「絶対に無理はしないよ。約束する」  その言葉にクォーツは渋々ではあるがひとつ頷くとと九七式を抱えたまま祭壇から飛び出していった。  そして俺はジンジンと痛む頬に手を当てる。  最高に痛くて目が覚めたよ。 「ここで死ぬわけにはいかねぇよな」  クォーツが平手打ちした意味を考えたらそう思うほかなかった。
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