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身を潜めていた祭壇から飛び出したクォーツは、空間にいる多くの敵影を瞬時に捉えた。
そこには私設兵団が入り口付近に十数名、ジルコン式5体といった所。
「いたぞ……!!」
私設兵団のひとりがそう声を上げた瞬間に辺りにいたジルコン式は一斉に腕から鎌を剥き出しにすると、
「……ミツケタ」
統率された動きでクォーツに向け距離を詰めてくる。
「ここから先へは一匹たりとも通さないわ」
サッカーグラウンド程の広さを誇るその中心で防衛線を張ったクォーツは、祭壇側に向おうとするジルコン式に対し砲撃と銃剣による斬撃で応戦。
そこはすでに小規模な戦場と化していた。
祭壇とは正反対にある入り口側で陣を構えるシャルロウンの軍勢は、援軍により数を増やしながら、前線に新たなジルコン式を投入していく。
クォーツは防戦一方で守る事に精一杯といった所か。
それもそのはず。クロが祭壇にいる以上、私設兵団の銃撃により危害が及ぶ事が気がかりで仕方なかったのだ。
目の前の脅威は排除できても全ての銃弾を処理をする事はいくら彼女でもできない。
そんなクォーツはジルコン式との交戦にどこか集中力を欠いているのも事実で、防衛ラインが後退していく一方の展開。
ただ、集結する私設兵団の連中が兵器同士の戦いに手を出すことなく近接武器を構えているだけの光景にクロは疑問を覚えた。
「……なんで撃ってこないんだ」
数で勝る敵側が俺を殺したいなら祭壇に向け発砲してきてもいいはず……そう思ったクロ。
そして祭壇から戦況を伺っていた彼は気付く。
「……そうか」
ここはシャルロウンの個人ラボ。
恐らく私設兵団は被害を最小限に抑えたいのではないかと。
その証拠にクォーツが放った砲撃が培養器に直撃して大破した光景に対し、私設兵団がどよめきを見せた事を彼は見逃さなかった。
そしてそれを確かめるかのように、クロが祭壇から更に他の培養器に向け2度発砲すると、
――――……!?
「い、急げッ……!!次のジルコン式はまだか……!!」
ガラスの割れた培養器を見た私設兵団が再び焦った表情を浮かべている。
「……なるほどね」
この時代で電子機器を揃えるのには時間が掛かり、違法な特殊な機材ともなれば彼らもまたその価値を知っているのだ。
つまりクロが偶然にも辿り着いてしまったこのフィールドは、シャルロウンの私設兵団に取って白兵戦という戦局を選ばざるを得ない状況を作り出していた。
入り口で数は増えていくものの渋滞する私設兵団。
ジルコン式さえ掃討すれば残る相手は改良種でこちらはアルマニオ式。
間違いなく地の利はこちらにある。
私設兵団はクォーツが今交戦している防衛ラインを近接で突破するしかないのだ。
逆に言えばあの防衛ラインをこちらが守り切ればいずれ活路は見いだせるとクロは判断する。
「クォーツ、俺の事は気にしないでいい!!相手は撃ってこない!!」
その彼の言葉を背中越しに聞いたクォーツは全てを理解すると、
「そう……だったら遠慮はいらないわね」
薙刀の如く銃剣を巧みに操り一気に襲い来るジルコン式を全て切り捨てて見せた。
そこからクォーツが決まって5体づつ襲い掛かってくるジルコン式の群れを二度に渡り撃退したまではいいが状況は少し変わっていた。
「煩わしくなってくたわね」
クォーツは残された最後の1発となった弾丸を装填すると、これまで冷静を保っていた彼女さえも苦悶の表情を浮かべていた。
「第3陣……前へ!!これでケリをつけてやるぞ!!」
指揮を執る団員がそう声を掛けると、次は20体のジルコン式が入り口側で陣をとる私設兵団の前へ横一線に整列。
クロとクォーツはここで彼らの意図を知る。
私設兵団が今までジルコン式を小出しにするように出撃させていた理由……
それはジルコン式に仲間の死を見届けさせ、アルマニオ式との交戦を目に焼き付けさせる事で戦闘データを取らせていたのではないかと。
「……学習させてたっていうのかよ」
その証拠にクォーツがジルコン式を処理するスピードが遅くなっていたのも事実。
つまり今までの交戦は布石。
「クロ……!!逃げなさい……!!次は防ぎきれない!!」
黒いレインコートの軍勢に対峙しながらそう背中越しに叫ぶクォーツに対し、
「馬鹿言ってんじゃねぇっての」
クロは祭壇にある棺の蓋をずらして取り払い小さく笑う。
そして彼女の周りで無数に転がるジルコン式の死体を見渡した。
「何やってんのよ……!!」
「クォーツ、よくやったな。感じるぜ……確かに」
そう、クロもまたこの時を待っていたのだ。
この神殿は石造の遺跡で扉ひとつない構造であることを彼は逃げ回るうちに理解していた。
いわばアリの巣のようにすべてが穴と言う穴で繋がっているのだ。
そして不運にもクロが踏み外した穴は祭壇を通し、この最深部に風の通り道を造り出した。
肉塊となったジルコン式がこの空間にその生臭さ蔓延させるのには十分な量。
そしてこの臭いが強くなるのと同時に最深部に向け急激に近づいてくる殺気を感じていたクロ。
彼が蓋を取り払った祭壇の棺が風の流れと共にこの室内の空気を勢いよく吸い込んでいく中で私設兵団の指示が飛ぶ。
「かかれぇぇ……ッ!!」
クォーツが未だクロの行動が理解できないながらも向かってくるジルコン式に九七式を構え直した時だった。
クロは大きく息を吸い込み、
「ルビィィィーッッ……!!!!」
祭壇の棺の穴に向かい馬鹿でかい声で叫ぶと、それに呼応するかのようにいくつもの壁を破壊するような轟音が響いた刹那、
――――……!!
棺から召喚されたかのように斬馬刀と背負った赤髪の鬼が飛び出し、クォーツに襲い掛かってきたジルコン式に斬りかかっていく。
そして彼女は横一線に刀身を振り払うと、
「アタシの大嫌いな臭いだ」
そこにいた全てのジルコン式を引かせて見せた。
クロは汎用型アルマニオ式と呼ばれるルビーが持つ『鼻の良さ』を見事に利用したのだ。
クォーツが造り出したジルコン式の死体の山。
ルビーが変異種に対し嫌悪感をむき出しにする以上、その臭いを感じ取った瞬間に殺気を増幅させた事で彼女の位置も同時に把握したクロ。
「信じてたぜ、ルビー」
「ったく……二人揃って面倒かけやがって。扱い方が分かって来たじゃねぇか」
ふたりの顔を見て無事だった事を察したルビーは、以前アルマニオ式の特性をクロに教えておいて良かったと心底思った。
全ての条件が揃った以上、クロにとって彼女をこの場所へ誘導する事など容易な事。
「アタシの嫌いな臭いだが……今は感謝しなきゃならねぇな」
「来るのが遅いのよ」
「テメェが全てを押し付けたから時間掛かったんだよバカたれ!!」
増援に対し軽口を叩くクォーツの隣で武器を構えたルビーは不満を爆発させるが、
「さあ、相手してやる。戦闘データは十分に取れたかよ?」
すぐさまジルコン式に向けて斬馬刀の切っ先を向けると口元を吊り上げる。
「いいぜ、兵器としての格の違いを教えてやる」
「アンタと共闘ってのは癪だけど仕方ないわね」
生物兵器史上、最高傑作と呼ばれたアルマニオ式に対し、
「コロス……」
その十倍の数を揃えた上で進化し続けるジルコン式の戦闘が今まさに始まろうとしていた。
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