3:虐殺スティンガー88

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★  入り口側に陣を成す私設兵団、祭壇の後ろに司令官の如く立ち上がるクロ。  そんな彼らが見守るように空間の中心ではアルマニオ式とジルコン式の戦闘が繰り広げられていたが、 「どうしたァァ!!」  ルビーの言葉通りそこでは明らかな『格の違い』を感じざるを得なかった。  室内の中心で背中を合わせるように戦うアルマニオ式に対しジルコン式はあらゆる角度から一斉攻撃を仕掛けるが、 「ルビー!!」 「ああ、わかってる!!」  クォーツとルビーの息の合った戦闘スタイルについていく事などできないでいた。  ジルコン式の1体がクォーツの頭部に向け真横から鎌を振りかざすが、 「どこ見てるのよ」  真下に回避した彼女が銃剣を突き出しその腹部を捉えると、次の瞬間には巨大な斬馬刀が縦一閃に襲い掛かり ――――……!!  その頭部から縦半分に叩き斬るというコンビネーションを見せる。 「危ないじゃない!!」 「テメェが遅ぇんだよ!!」  性格は合わないふたりだが、互いに同じ部隊で戦っていた事を思わせるような戦闘は続く。  そこからルビーが繰り出した斬撃により至る所で巻き起こった噴煙はフィールドの視界を悪化させる。  そんな場所で地面を蹴り飛ばし乱舞するクォーツなど誰も止められるはずがなかった。  一撃性は薄いものの噴煙の中から現れる蒼い眼の悪魔は次々とジルコン式の動きを止め、驚異的な破壊力を持った赤い眼の鬼がトドメを刺していくという一方的な展開。 「すげぇ……」  クロは先程までの単体の動きを十分に見ていただけに、こんな状況を初めて見た彼は驚きを隠せないでいた。  ジルコン式が複数いれば厄介である以上に、アルマニオ式が2人になった瞬間それは悪夢となる。  祭壇から顔を覗かせるそんな彼の元へ、 「クロさん……!!」 「よう兄ちゃん、無事だったみてぇだな」  棺の中からパドとコバルトが飛び出してきて彼らもまた祭壇の後ろに回った。 「ふたりとも……!!」 「お待たせいたしました、クロさん」 「しかしまあ随分と派手にやってるみてぇだな。おいおい、シャルロウンまでいるじゃねぇか」  気付けばコバルトの言うように入り口側に陣を構える私設兵団の真ん中でシャルロウンもその戦闘を見据えていた。 「嗚呼……すごい、すごいぞ!!アルマニオ式は美しい……!!彼女達こそ芸術じゃ!!」  クォーツとルビーの戦闘に対し高揚した表情を浮かべる彼女。 「あの女、自分が不利な状況だってのになんて顔してやがる……!!ぶっ飛んでんな」 「ここから銃撃で彼女を仕留めましょうか、クロさん。今なら……」  彼女を見て引いているコバルトの隣にいるパドがそう言って小銃を構え直すが、 「いいやアイツは殺さない。ここで捕らえるんだ。証拠はもう十分にある」  クロはここまで戦いがもつれ込んでしまった以上、ジルコン式を掃討して彼女を投降させる事が目的であり、殺す事ではないと伝えてパドを制したのだった。 ――――……そうして、  数分も経たないうちにそこにはジルコン式の死体が積み重なっていた。 「おいおい、もう終わりかよ」 「いくら束になろうとも雑魚は所詮雑魚ね」  ジルコン式の亡骸に足を掛けるルビーとクォーツがそう挑発する。  その様は量産型の生物兵器が特別個体である彼女達をそう簡単には超えられないという事を示すのには十分は光景だった。  さらに私設兵団の面々も戦意を失ってしまっていたがシャルロウンだけは違い、勝ち負けとは別に興奮している様子。 「ほれほれ、次のジルコン式を連れてこい……!!呼び寄せろ!!もっともっと魅せてくれ!!」  アルマニオ式の戦闘に魅せられたシャルロウンはそう声を荒げるが、彼女の元に傷だらけになった団員が駆け寄ってくる。 「シャルロウン様、すでに神殿全土にいる他のジルコン式もアルマニオ式によって壊滅させられている模様です……!!」    その言葉にシャルロウンも驚いていたが、クォーツとルビーもどこか不思議そうな顔を浮かべて目を合わせていた。 「ではお前たちが逝け。アルマニオ式と戦うのじゃ」 「し、しかし……私達では……」 「意思の尊重を行使してもか……?」  すでに戦う人材を切らしてしまった様子のシャルロウンは私設兵団に向け強い口調で言い寄っているが、あんな戦いを見せられては自殺しにいくようなもの。  彼女の周りにいる私設兵団にはすでに戦意など残されていない。  そう悟ったクロは祭壇の上に立ち上がり、 「終わりだシャルロウン。もう無駄な血を流す必要なんてない。大人しく投降するんだ」  そう声を掛けるがシャルロウンは扇子を広げ首を傾げて見せた。 「貴様がどんな正義に駆られているかは知らぬが、私にも正義があるのじゃ」 「正義だって?お前のやっている事が法に触れている以上認めるわけには行かない。何より……こんな悲しい歴史を繰り返させるわけにはいかない」  度重なる実験により多くの改良種の犠牲を生んだこの歴史に対し、もう同じ過ちを繰り返してはならないというクロの意思。 「馬鹿め。いつまでもリンシェイムの支配下に置かれたまま下らん歴史を繰り返そうとしているのはお前達だ」  何も前進することなく停滞したままの時間を過ごすバンキッシュに対し、苛立ちを覚えていたシャルロウン。  彼女はそんな永遠の敗北という歴史から抜け出そうとしていた。  どちらも人類の未来を見据えた正義に変わりはない。  ただそこに犠牲を伴うか、伴わないかの違いだった。  平和の為に命の平等を謳い、時代を変えようとするクロ。  未来の為に人間の本質を捨て、立ち上がろうとするシャルロウン。  そんな互いの正義が交わる事などあるはずもなかった。 「貴様が引かぬならもうよい……プロトタイプを前に出せ」 ――――……!?  シャルロウンがそう命令を出すと黒いレインコートを着た1体のジルコン式が彼女の真横に現れる。 「もう少し戦闘データを取らせてやるつもりだったが仕方がないな。紹介しよう……ふふ、こやつがジルコン式での最高傑作というものじゃ」 「プロトタイプ……?」  クロが疑問の言葉を投げかけるとシャルロウンは自慢げに語る。 「こやつは唯一完全に自我を持った個体……今まで全ての戦いを見据えてきた。いわば一番経験の多いジルコン式よ。どうじゃ?十分にアルマニオ式の動きを把握したか?」  そんな彼女の言葉を聞いたプロトタイプと呼ばれるそれはコクリと頷いて見せる。  恐らくこの個体がシャルロウンにとって最後の切り札といった所か。  その目元はフードで隠れているが、意思疎通の取れている感じから明らかに先ほどのジルコン式とは様子が違った。 「クォーツ、ルビー」  クロがそう声を掛けると、 「言われなくてもやってやる」   「気色悪いわね……アイツ……!!」  そんな状況の中でクォーツが誰よりも先に嫌な雰囲気を感じ取ったのか、最後の1発となった砲撃をプロトタイプに向けて放つが…… 「……嘘でしょ」 ――――……!?!?  あろうことかソイツは両腕を眼前で重ね合わせるように砲撃を防いだのだ。 「馬鹿な……!!」  コバルトが声を荒げるように自身の肉体そのもので砲撃を防ぐなどアルマニオ式でも不可能な事。    クォーツはもちろんルビー、パド、そしてクロが驚きを隠せなかったのも無理はない。  さらにそのジルコン式を纏っていた黒いレインコートが九七式の一撃により破れ散ると、その下からは黒にも近い紫色の表皮が姿を現す。  驚くべきはそのジルコン式の顎から下全てが鈍い光沢を放つ特殊な表皮で覆われているのだ。 「まあ落ち着いてくださいよ、クォーツさん……でしたっけ」 ――――……??  そんな男の声を漏らしたジルコン式が両腕を眼前から外すと、 「アンタは……」 「おいおい……アイツは……」  クォーツ、コバルトは見覚えのある彼の顔から眼を離せないでいた。  そのジルコン式は顎先まで身体全体が黒にも近い紫色の表皮で覆われているものの、顔だけが人間の形を保っている。  ただその人間の顔が問題だった。  そしてクロもまた、その顔に見覚えがあったのだ。 「……ユーイン……なんで……」  そう、そのプロトタイプのジルコン式は、 「クロ君……久しぶりだね」  いつの日かハーデラの養殖場で共にしたスピリアン出身の猟団長だった。
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