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その道中、隔離壁へ抜ける為にスラム街に差し掛かった時の事。
「おいおいすげーな、もう動いてくれてんのかよ!」
ルビーが両手をべったりと当てたまま荷台の窓に目を向け驚いているように、昨日の今日でスラム街ではすでに復興の工事が進められていた。
「意思の尊重を行使されたんですから当然です。私はそんなクロさんを誇らしく思いますよ」
そんな直球の誉め言葉を向けハンドルを握るパドに対し、サイドミラーに目をやれば、クォーツも窓に手を当ててその光景を眺めている。
彼女の目線の先にはいつの日か路頭に迷い泣いていた女の子が、小さな笑顔を浮かべて軍人に手を引かれている微笑ましい光景。
クォーツはあの時のように諦めという無表情だった顔とは違い、少しだけ何か思うところがあったのだろう。
「ま、まあ。お金は事はもういいわ。金策に関しては私が考えるから。ただ貧乏兵団に変わりはないんだからボロ雑巾になるまで働いて貰うわよ」
そんなうちの参謀兼財務大臣は腕を組んでブラック企業さながらの台詞を並べているが、俺達は彼女の言葉に素直に頷く他ない。
金策に関しては守銭奴である彼女に任せておけば問題ない。と信じたい。
「はははっ。貧乏都市の貧乏兵団、アタシ達には丁度いいじゃねーか」
何も考えてないようなルビーだが、彼女の言う通りこのスラム街にいる人たちがみんな笑って暮らせるようになったら、ギルフ将軍に給料をせがもうと思う。
そんなスラム街を向けた俺達は軍事都市ハーデラを出て、瓦礫の山となった東京を抜け更に南へと進路をとっていた。
「で、パド。今回の内政調査の詳細を教えて貰える?」
クォーツが運転席に向かい声を掛けると、パドは用意していた資料を彼女達に手渡す。
この資料に関しては俺も会議の時に一通り目を通していた。
「今回の調査はスピリアンで起こっている一連の事件に関してです」
パドがバックミラー越しに彼女達に伝えている通り、今俺達が向かっているのは商業都市スピリアン。
都市長シャルロウン・リリーが管理する巨大商業都市。
「スピリアンでは先月、分かっているだけで324名もの行方不明者が出ているとの情報を正規軍は入手しました」
基本的に四大都市で起こる事件、事故に関しては正規軍に報告するのが帝国法に定められているのだが、今回は未報告。
スピリアンに問い合わせた所『把握していない』との事。
それだけの人がいなくなったのにも関わらず都市が把握していないというのは、改良種が突然いなくなろうが事件として取り扱わない商業都市としての風潮にある。
ハーデラでは事件になる事がスピリアンでは、都市が『事件』と認めない限り報告をする必要がないのだ。
四大都市の改良種に対する『認識のズレ』といったところ。
証拠もない上に噂程度の情報だった為、正規軍はそれ以上介入できなかったという。
すると窓を開けて煙草を吹かすルビーはため息をひとつ。
「おいおい300人ってまた随分な人数だな。人身売買か?でもそんな話ならスピリアンでは珍しい事じゃないだろ」
彼女のいう通り、商業都市だけあって巨額の金が毎日のように動くスピリアン。
その歓楽街や風俗街を中心に、いわゆるマフィア的な暴力組織が多い事でも知られている。
人身売買、違法ドラッグ。表向きは観光客や買い物客が絶えない人気のある商業都市だが、とにかく黒い噂も絶えないのだとか。
「確かに。ただ、人身売買と言うには……少し妙なんです。たった一晩にしてその人数が消えたんですよ」
そんなパドの言葉にルビー、クォーツは言葉を失ったまま資料に目を落としている。
そう、会議でも話題に上がっていた通り、本来人身売買を行うには秘密裏に行う必要があり、そんな人数を一晩で誘拐するなんて事は到底考えづらいのだ。
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