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「なんか……ハーデラと全然違って戦後って感じがしないな。むしろ……」
「そう。スピリアンは2年前の戦争で唯一被害が無かった都市なの。四大都市の中で言えばアンタが持っていた未来像に一番近いのはココよ。文明的にはハーデラとそんなに変わらないけどね」
確かに敵からすれば帝都、軍事都市はもちろん、猟団の多いナバールも狙われるだろう。
逆にスピリアンはリンシェイム、中国側から一番離れている上、脅威としては低いのかもしれない。
そのお陰で商業都市としての発展、そして恐らく暗部までも同時に発展したという事だろう。
ここ一帯に差し掛かった時からは、道路も綺麗に舗装されて整備が行き届いている印象。スピリアンにこれから向かうであろう人たちも沢山いる。
野生のガルダなんかも近くにはいるみたいだが、スピリアンの猟団、私設兵団の詰め所が点々としていたし観光客が多いのは頷ける。
「歓楽街や風俗街に近づかなければ大丈夫よ。特に『風・俗・街』には近付かない事ね!」
なんで怒るんだ。
フラグ立てられそうになってるがそうはいかない。
「あえて言おう。風俗街にはいかないと」
「その言い方腹立つわね」
何が彼女の怒りに触れたのかは知らないが、そんなうちの青蛇様は腕組みをしながら『っていうか……』と更なる不満を爆発させる。
「なんなのよこのクソみたいな曲!!ずっとずっと!!」
先ほどからルビーとパドが交代交代にCDを入れ替え、絶妙に苦痛を感じる歌詞と『あーそろそろ言おうかな』と思うくらいのボリュームで音楽を流し続けているのだ。
ルビーとパドは『次はこれな絶望的カンパネラ!しびれるぜ!』『連続はマナー違反ですよ軍曹、次は戦略逆上カルテットのライブ盤です!』というやり取りをしていたのだ。ちなみにパドは今でも軍曹と呼んでいるみたいだが。
「おいおいクォーツ、お前にはこの良さがわからねぇのかよ!」
「わかってたまるかッ!ただうるさいだけじゃないッ!!」
まあ確かにルビーはいつの日か車の中でデスメタルみたいなの聞いていたからわかるんだが、
「クォーツさんのような時代を駆けるティーンエイジャーが今人気急上昇中の『有罪三姉妹』を知らないのですか?」
なにそれ。
「な、なんなのよ。それ」
恐らく無駄に女子力が高いクォーツの事だ『ティーンエイジャー』という言葉にでも引っかかったんだろう。動揺を隠しきれていない。
俺はともかくクォーツに関しては普段ファッション雑誌か新聞、歴史の本とかしか読まないくらいだ。
軍とは違ってテレビもない生活を送っていた彼女はそっち方面にはうといのだろう。
「ぷぷっ。パド、どーせコイツは時代遅れの田舎娘だ!肉塊アベンジャーズも知らない女だぜ?ほっとけほっとけ。このサウンドはアタシ達みたいな流行に乗ってる若者にしか分からねーって事だ」
なにそれ。
その後、発狂したクォーツが『ふんッ!!』とデスボイスさながらにコードを毟り取った事で音楽は無事では済まない形で止んだが、話を聞いていた限りではふたつともスピリアン出身のアイドルやバンドなのだとか。
全然興味が湧かない上に大体がデスメタルベースに乗せてえげつない歌詞を可愛く歌うかシャウトするかどっちかだ。
だが、この時代にもそういうアーティストといった風潮が残っていたんだと思うと少し安心する。
きっと改良種の若者達も俺がいた時代の若者と同じように、夢を追って帝都やナバール、ここスピリアンに出向くのだろう。
どちらかと言えばハーデラが他の都市に比べ遅れているのかもしれない。俺はハーデラの田舎な感じが好きなんだが。
そうして隔離壁の中に入る際、まるで夢の国に誘われそうになるような歯車だらけの城門に差し掛かった。
そこに私設兵団と思わしき黒いスーツ姿の兵士が警備についていたが、来るものは拒まずといった所か。ハーデラとは違いパドが自分の身分証を軽く見せただけで簡単に通してくれた。
そこから都市の入り口付近にある駐車場に車を止めた時に事件は起きたのだ。
「さあ、皆さん。到着しましたよ。長時間お疲れさまでした」
「パドも運転ありがとな」
「ない……」
これから車を出ようとした時に、クォーツは青ざめた顔で何かを探しているようだった。
「何がないんだよ」
困り果てているクォーツに対しそう尋ねると、彼女は絶望の淵に立たされているかのような表情。
「服が……服がないの……ねぇルビー、アンタ玄関に置いてあった大きな紙袋って……!!」
そんな珍しく焦るクォーツに対し、ルビーは鼻くそをほじりながら
「あ?あれいるやつだったのか?ゴミだと思って捨てた」
頭の悪い子供みたいに発したその言葉が全ての始まりだったのだ。
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