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「捨てた……ですって……」
その後のクォーツの反応は一時的に予想通りだったが、よほどショックが大きかったのか。
荷台の隅でファッション雑誌の通販ページを『じー』っと呟きながら無心で眺めて虚無の化身となったわけで。
まあ大事な服を捨てられたんだから仕方はないが……
「ほらクォーツ、今から買いにいけばいいだろ?」
「ダメよ……こんな格好じゃ外に出られない。きっと馬鹿にされるわ」
別に俺からすればいつも通りだが田舎のファッションリーダーである彼女にとって都会にでるにはプライドが許さないといった所。まあその為に用意した服だったんだろうし。
そんな姿に見兼ねたルビーが珍しく申し訳なさそうに口を開く。
「まあほら、アタシが悪かったよ。弁償するからさ」
その言葉にクォーツの耳がピクリと動き、
「じゃあ……ペンと紙貸して……?」
まあまあ嫌な予感はしたものの、パドがそれらを手渡しこれで解決かと思ったんだが。
――――……そして、数分後。
「クロ、アンタ達で買ってきて。私はここから出る訳にはいかないわ。2人ぶんね。捨てた中にはアイツの着替えも一緒に入ってたのよ」
荷台の外に立つ俺とパドに向かってパンパンの皮製の小袋を差し出してきたクォーツ。中を見れば銀貨が詰まっている。
「俺達だけ?じゃあせめてルビーも一緒に……」
そう思ってルビーを見れば荷台の隅で煙草のソフトケースに書かれている健康被害への注意書きを『じー』っと呟きながら虚無の化身となっていた。
おそらく全財産を搾取されたんだろう。行ける状態じゃないのは明らか。
「いやいや女性モノの服を男ふたりで買えってのか!?」
「仕方ないじゃない。とりあえず今日着る分だけでいいのよ。ほら大体ここに欲しいものは書いてあるから」
都会に売っている服を着れば問題ないって考え自体が田舎者の発想だが。
「何をどう選べば……」
「アンタ達のセンスに任せるわ」
「センスって……」
そしてパドが何枚かの小さなメモ紙を渡されたところで『ほら行った行った』と追い出されたわけで。
――――……。
こうして男ふたり、ブティックのガラス越しに店中の様子を伺うという羞恥プレイに苛まれているわけだ。
「ダメだ。当然だけど女性客しかいない上に数が多すぎる……それにここでの偵察に時間を使いすぎたみたいだ。移動しよう」
「ええ、この店は少しコンセプトに違和感がありますね」
パドが言っている意味が良くわからなかったが、道行く人たちがこちらに向かいチラチラと怪しい目を向け始めていた事で場所移動。
そんな俺とパドはスピリアンの市街地に入ったわけだが。
「なんだか俺がいた時代と全然変わらない気がするんだけど」
遥か先には黒い女神像のあるオフィス街、そしてその更に奥には歓楽街があるらしい。
そしてここは隔離壁から一番近い商業街と言って、テレビでよく見ていた屋外の巨大アウトレットモールに近い。
多少店舗の造りは古いような気もするが、ファッション系のショップはもちろん、娯楽系、カフェやレストランまでなんでもある。
ただ俺の時代とは違って武器や変異生物の素材を売っている小売店など見慣れない店も混在。
見た限り一眼レフを首に掛けた観光客や、ツアー客らしき団体、地元の人なのか犬の散歩をしていたりジョギングをしていたりサラリーマンまで。みんな俺の時代とさして変わらない服装だ。
ただ交通機関は路面電車のみ。商業街だけは車で入る事は禁じられているらしく、広大な歩行者天国といったところ。
一方で武器を担いだ若い猟団もちらほらみられる。
「猟師もいるんだな」
「ええ。ここスピリアンで野生の変異生物を狩って猟師としての経験を詰み、仲間を募って猟団を作りナバールへ出向く事が多いです。いわば猟師の卵が沢山いる感じですね」
ハーデラの養殖場で会ったユーインもこの都市の出身だっけ。
確かに一見、平和そうにしか見えないが、彼が言っていた通り悲しい出来事があったのも事実。
そんな中、街中にある巨大なモニターが目に入る。そこでは俺の時代と変わらずモデルさんが出ているような商品のCMが流れている。
「ほんと俺、顔隠さないでいいのか?」
確かにさっきは怪しまれていたが恐らく別の理由。それでも一応全国放映された身で有名人になった気もしたのだが。
クォーツもルビーもそれに関しては『大丈夫』としか言ってなかったし。
「カメラワークには最大限に配慮してクロさんの顔のアップは避けましたし。何より希少種が他の都市にふらっと来るなんて誰も思いませんよ」
まあ彼の言う通り、この時代の常識はそうだ。何かの式典がない限り出歩かないのが世の常。あの放映の目的もコーネルの醜態を晒したかったのが目的。
そもそも市民の間で画像が出回るなんてことはない。だって個人的に電子機器は所有していない。パドでさえパソコンを借りるのに軍の許可がいるくらいだ。
新聞や雑誌に関しても同意の上でない限りは掲載不可。希少種の個人情報を流した時点で罪に問われるという事も希少種保護法第41条で定められている。
「ただ油断は禁物です。私達がここに来ている事を知っていてクロさんを探している人物がいたとなれば話は変わります。とはいえ迂闊に血を流したり騒ぎを起こさなければ大丈夫だと思いますが」
よく聞く油断は禁物って言葉、きっとギルフ将軍譲りなんだろう。うちの3人からよく聞く言葉だ。
「なんか不安でしかないけど……」
だが今はそんな事を悠長に構えている場合じゃない。
「ところで、クォーツに渡されたメモって何が書いてあるんだよ?」
「えーっと……ラフなやつ。ルビーはなんでもいい、と」
「もうこれ書く必要ないし適当すぎるだろ」
当たり前だがそんなお店で買ったことも入った事もない。
「その他にもミュールなども必要ですのでサクサクいきましょうか。色を合わせる必要もあります。さあ、こちらへ」
ガイドの如く謎に手慣れているパドに促されとある2階建ての店舗の前へ。
中々若者向きな店だ。出入りしているお客さんもあのふたりと同年代みたいだし。だからといって俺達が入っていい理由にはならないのだが。
逆に入っちゃダメな理由もない分、どこかやるせない気持ちだ。
「ここなら店舗面積も広くアイテム数も充実していそうですね。他を回らずにここ一店舗だけで済みそうです。下手に違うブランドを組み合わせるよりも同じブランドのアイテムで揃える方が我々初心者にとって難易度はぐっと下がりますから。ここはもう我々の力の見せ所です」
怖い怖い怖い怖い。
「ホ、ホント何でもできるんだな……パド」
全然初心者の意見とは思えない上、なんでそんなに興奮しているのか分からない彼に促されるまま、俺の知らない未開拓の地へと突入するのだった。
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