3人が本棚に入れています
本棚に追加
一年後の春
今日も『炎』では開店準備の為に早くから珈琲の香りが店に漂う。
『カラン・・』
カウベルが鳴る。
見たところ18~20位の若い男性がにこやかに、たった今入って来た『客』に声をかけた。
「お客様、ご注文は?
珈琲ですか?
紅茶・・それとも」
(あの・・ここは・・)
「はい、ここは『カフェ炎』
僕は4代目店主、アラン、ジュニアと申します」
その答えに『客』はほっとしたような顔を向けた。
この春店主となった若い男性の横にはただならぬ妖気を纏った美しい女性が客に微笑む。
(あの・・
ここに来れば怨みをはらして貰えると聞いて来たのですが・・)
そう言う客に店主はまたにこやかに答える。
「それではお話を聞かせて下さい。
魔夢、キンちゃんを呼んでくれ」
店主の声に横にいた女性が蜘蛛の姿に変わり消えた。
直に眩い金色の光を放った大きな『金魚』が現れる。
「キンちゃん仕事だよ皆さんに知らせて。
僕はこの方から話を聞く」
店主がそう言うと金魚がちらりと『客』を見定める。
(分かった、皆に知らせる)
金魚はそう答えると姿を消した。
「では、お話を・・」
店主はそう言うと今しかた金魚と共に戻って来た蜘蛛の方を見る。
「魔夢ちゃん、店を頼むね」そう言って『客』を連れ裏の家に向かった。
「分かったよ、任せて」
蜘蛛はそう答えるとまた美しい女性の姿に変わった。
カウンターに入ると今しがた店主が洗っていたグラスを丁寧に磨く。
直に店には客が入り出した。
「ルイ君いつもの・・
いけない、ジュニ・・あれ?今日は魔夢さんの日か・・」
『炎』の向かいで経理事務所を営む山崎がいつもの席に座り声をかける。
「先生、ジュニアなら直ぐに戻ります。
いつものですね、すぐに、それまでこれを」
魔夢はそう答えると入れたての珈琲を山崎の前に置く。
「魔夢ちゃん、僕にも珈琲」他の客達からも注文が入りだした。
「はい、直ぐに!」
魔夢はカウンターに戻ると忙しく動きだす。
そうしてまた『炎』の賑やかで少しだけ妖しげな一日が始まった。
完
最初のコメントを投稿しよう!