パパは武道家

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パパは武道家

 百叡は女の子と別れ、秋空に染まる窓の外を見上げた。 「あの雲、ソフトクリームみたいだぁ」  青い空に浮かぶ真っ白な雲。風でゆっくり横へ流されてゆく。目を輝かせていると、遠くから男の子たちの気合いを入れる声が聞こえてきた。 「とりゃあ!」 「うおっ!」  気になって顔を廊下へ戻すと、丸めた画用紙を剣のようにして、ふたりで斬り合いをしている男の子たちがいた。百叡は表情をいきなり明るくして、廊下を少しだけ走っていき、彼らを指差した。 「それ知ってる!」 「おう? 百叡?」  男の子たちは手を止めて、ピアノが大好きな百叡に注目した。そうして、小さな彼からこんな言葉が出てくる。 「重力に逆らわないで上げる。武器の重さだけで下ろす! だよね?」  男の子たちはぽかんとした顔をした。なぜなら、音楽畑の百叡が言ってきた言葉が、彼の日常とはかけ離れたものだったからだ。 「百叡、武術に興味があるのか?」  ニコニコの笑顔のまま、百叡は首を横にふる。 「ううん。昨日、パパが教えてくれた」  男の子ふたりは顔を見合わせた。百叡の言っている意味がよく飲み込めなくて。しばらくの沈黙ののち、 「百叡のパパって武術する人だったの?」 「うん。確かね、合気(あいき)と、む……むじゅ……何とか剣流(けんりゅう)!」  名前が難しくて覚えていられなかった百叡。画用紙を丸めたものを持っていた男の子たちはゲラゲラ笑い出した。 「百叡! 説明できたのに……」  意外な反応をされて、百叡が今度はぽかんとした。 「え……?」 「さっき、百叡が説明した動きが、無住心剣流(むじゅうしんけんりゅう)なんだろう?」  重力に逆らわず上げる。武器の重さだけで下ろす。というふたつの動きだけで、全てを学び取るという教えだったのだ。 「あぁ、そうか! ありがとう、教えてくれて」  新しいことがわかって、百叡は両手を腰で組んで、右に左にウキウキでステップを踏み始めた。しかし、男の子たちは不思議そうな顔を向ける。 「あれ? どうして百叡くんのパパ、武術に詳しいの?」 「武道家――だから」  百叡はにっこり微笑んで、廊下を歩き出した。置いてかれてしまった男の子たちは、画用紙の剣を持つ手を脱力気味に落とした。 「あれ? 百叡のパパって、ディーバさんだよな?」 「どうして、ミュージシャンのディーバさんが武道家なんだ?」  問題になっているとも知らず、秋のさわやかな風が百叡の銀の髪を優しく揺らす。 「ふふ〜ん♪ ふふ〜ん♪」  龍や蛇、熊やウサギ、さまざまな生徒たちでにぎわっている廊下に、ピアノ曲が鼻歌で舞い続けていた。
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