パパは元算数の先生

1/1
前へ
/10ページ
次へ

パパは元算数の先生

 渡り廊下に差し掛かると、日差しの乱反射と風に乗せられた紅葉(もみじ)の葉が、百叡の瞳の中で輪舞曲(ロンド)を踊る。  乾いた空気を胸いっぱいに吸い込み、ふと立ち止まると、後ろから女の子が数人やってきた。 「百叡くん?」 「ん? どうしたの?」  普段はあまり話さないが、顔は見たことがある同級生だった。女の子たちはすぐには話し出さず、百叡の髪を見て、ニコニコの笑みを見て、手足を見て、何かうかがっているようだった。 「ん?」  サワサワと風がにわかに強く吹き、銀の髪を強くなでた。 「前さ」 「うん」  慎重に切り出され、百叡は真顔に戻った。 「初等部の算数の先生だったけど、高等部に行った先生知ってる?」 「百叡くん、習ってなかったと思うけど……」  女の子ふたりが言っている先生が、百叡の脳裏に浮かび上がった。ニコニコの笑みをまた浮かべる。 「知ってるよ!」 「初等部でもそうだったけど、高等部でも人気(にんき)の男の先生」  百叡はウンウンと大きくうなずく。 「あぁ、パパ人気なんだ」  気にした様子もなく、普通に出てきた言葉。女の子の驚き声が、中庭に響き渡った。 「やっぱりパパなの!?」  教師のプライベートが、百叡の純真なおしゃべりで学校にお披露目される。 「うん、数学の先生。たまに、女子高生がキャーキャー言って、大変とか何とか言ってる……」  パパの愚痴が思わず出てしまった。女の子たちは、噂の数学教師の今を語る。 「お姉ちゃんが言ってたんだよね?」 「そうそう。お姉ちゃん、いつも先生のそばに行くと、はしゃぐって言ってたから」 「じゃあ、百叡くんのパパなのね?」 「うん、あってるよ」  百叡は元気よくうなずくと、また歩き出した。その小さな背中を眺めながら、女の子たちは首を傾げる。 「でも、百叡くんのパパって、ディーバさんじゃなかったっけ?」 「何だかおかしいわね」  R&Bのミュージシャンが数学教諭。どうやってもおかしい限りだった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加