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パパは大先生
一生懸命話していたつもりの百叡だったが、友達が困っている姿をどうにもすることができず、とりあえずまた廊下を進もうと思った。
しかし、疑問だらけの頭になってしまって、飛ぶこともすっかり忘れて、百叡は首を傾げながら女の子から離れていき、人気の先生を追い越した。その先で、上級生が二、三人待っていた。
「百叡?」
「百叡くん?」
学校で習っているから、百叡は言葉遣いもバッチリだった。
「はい。こんにちは」
「こんにちは」
礼儀正しく頭を下げると、上級生の女の子が声をかけてきた。
「百叡くんのパパって、塾の先生かな?」
「え……?」
ずいぶん幅が広い質問で、百叡は戸惑うばかりだった。そばにいた男の子が手を差し伸べた。
「ごめんな。こいつ、感覚的でさ。これじゃ話わからないよな?」
「あぁ……」
一年生の百叡には少々難しい話し方で、微妙な声を出しただけだった。しかし、男の子も首を傾げた。
「何て説明したらいいんだろうな?」
結局もたついてしまい、頭がよさそうなもう一人の男の子があとを引きついだ。
「だから、こうだろう?」
「どう?」
仕切っている子に、他の人たちの視線を集中する。
「企業戦略をはじめとする塾の講師で、帝国一の頭脳を持つ大先生。違う?」
「ん〜? たぶんそう? です」
難しすぎで、百叡に確認が取れなかった。上級生たちはとにかく手当たり次第質問をぶつけてきた。
「髪が黒くて長い人」
「うん、腰より長いです」
パパの髪は結い上げてもなお腰までの長さがある、綺麗な髪だった。
「目の色は……? 何色だ?」
「濃い青だった気がする」
塾の先生の瞳など覚えているはずもなく、女の子の言葉に、男の子がツッコミを入れる。
「だから、それが感覚なんだって」
「目の色は確かに黒みたいな青です」
聡明な瑠璃紺色。百叡はあの瞳を思い出して、トントンとかかとでリズムを取るように踏みつけた。
「白い着物を着てない?」
「白だけど、着物じゃないです。洋服」
上級生の男の子が、両脇にいる同じ塾の生徒に間違いを突きつける。
「だから、服は塾の時と家の時が違うんだろう?」
「あぁ、そういうことか」
微妙に違う大先生の話はまだ進む。
「丁寧な話し方をする?」
「ん〜、しないです」
パパの春風みたいな穏やかな声色を思い出して、またトントンとかかとを鳴らす。上級生たち同士はダメ出しをした。
「バカだなぁ〜。家と塾じゃ違うだろう?」
「どんな話し方?」
「ん〜? ふんわりしてます」
そこで、女の子が矛盾点に気づいた。
「あれ? でも、先生結婚してなかったよね?」
「塾とプライベートは、公私混同するってことで、言わないんだろう?」
「あぁ、そうか。でも、百叡くんが先生の子供?」
上級生の子供たちだって、そんなに長くは生きていないが、大先生の子供が小学生になっている。それでも、百叡は屈託のない笑みで、大きくうなずいた。
「うん、パパは塾の先生だよ」
「あれ? 先生そんな前に子供いなかったよね? 年齢が合わなくない?」
「ううん。合ってるの」
塾の生徒を可愛く論破して、百叡はまた廊下を歩き出した。
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