一拍

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この町の良いところと言えば「平和」以外にない。 高齢者が多いから救急車が出動することは稀にあるけど、パトカーがサイレンを鳴らして走っているところなんてそうそう見ない。町人はほぼ顔見知りの村社会。 面白いものや目新しいものも存在しない。 でもそうだ、確か町には一つだけ、老夫婦が営んでいる小さな民宿がある。とはいえこんな町へわざわざやってくるなんて、彼は相当なもの好きのようだ。 優しい声音や表情からわかる。……彼は多分怖い人じゃない。少しだけ端に寄って、彼が社まで上がれるようにした。 「えっと、お参りしに来たんですよね?」 「そ、でも何を持ってきたらいいか分からなくて……お店もやってないし、手ぶらなんだ。神様に失礼かな?」 青年は困ったように口を手で押さえる。それが何だか可愛らしくて、すぐに首を横に振った。 「そんなことありませんよ! 遠くから来てくれただけで絶対嬉しいと思います。俺はもうずっとここで時間を潰してるけど、誰かと会ったことなんて一度もないから。昔は子どもが遊びに来てくれてたけど、お化けが出るって噂が立ってから誰も来なくなりました」 「えぇ、お化け? 怖いねぇ。何も知らずに夜中に来ちゃったよ」 「あはは、でも大丈夫ですよ。俺はお化けじゃないんで」 二人で頂上まで上り、小さな社の前に立った。一応両脇に申し訳程度の石灯篭が立っているが、神社と言うにはあまりに虚しい外観だ。それこそ大昔は旗がずらっと並んでいたが、時間の経過とともに色褪せ、カラスが巣作りのために荒らして食いちぎっていった。石畳からは雑草が茂り、何年も参拝者がいない様子を物語っている。 社は神様の為に……いや、結局は人の心の安寧の為に建てられる。人から忘れ去られたのでは、このお社は死んだも同然だ。悲しいけど、村に住む人が少なくなっているのだから仕方がない。全てのものは時と共に変わり、朽ちていく。命あるものと一緒で、それは避けようのない事実だ。 「とりあえずご挨拶しないとね」 青年は鈴を鳴らした。……久しぶりに聞いた。夜中だけど、笑えるぐらい響かない。鉄製のものが中でゴリゴリ擦れているだけだ。彼は凛とした態度で二礼二拍手一礼をし、またお辞儀をして後ろへ退いた。 その様子を見るのが久しぶりだったから、という理由もあるかもしれない。しかしそれだけと割り切るにはあまりに美しい動作で、思わず見惚れてしまった。 とても頓珍漢な感想を思い浮かべていた。世界って広いな。こんな綺麗な男の人がいるんだなぁ。
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