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目玉焼きにかけるもの
「目玉焼きにはメイプルシロップか練乳だと思うんだよね。」
俺は耳を疑った。
俺の中で目玉焼きとは、綺麗に割った卵をフライパンに落として、お好みで焼くものだった。半熟も完熟も、サニーサイドアップもターンオーバーも美味しいと思う。個人的には塩コショウで味付けしてベーコンも一緒に焼いてハムエッグにしてパンに乗せて食べるのが至上である。
それを、この女は何と言った?女は同じクラスの同級生というやつで、今まで特に関りも無かった人物だ。しかしいきなり耳に飛び込んできたセリフが冒頭のあれである。どうしてそうなった?!思わず突っ込まずにはいられない。
「「どうしてそうなった?!」」
彼女の友人と言葉が被った。彼女とその友達が驚いて俺を見る。いきなり話に割り込んできたらそりゃ驚くわな。しかし、話に割り込みたくなるほどにツッコミどころしかない話だったので仕方ないと思う。目玉焼きメイプル練乳の彼女は目を丸くして俺を見て、それから友人を見て、口を動かした。
「玉子ってお菓子に使うじゃん。どうして甘い味付けがダメなのよ?」
「「うっ。」」
意外と理由が理に適っているように聞こえる。
「甘い玉子焼きはあるのに、甘い目玉焼きは駄目?別に玉子が塩がききやすい食材だからって皆おかず以外にだってしてるでしょう。お菓子には玉子が使われているものが多くあるし、プリンやカスタードクリームなんてその王様と言ってもいいレベル。」
理に適って……聞こえなくもない。しかし!!
「お前は多分!本当に美味しいしょっぱい方面の目玉焼きを知らないんだ!!」
「そういうあなたこそ!甘い目玉焼き、食べたことないんでしょう?」
こうして俺たちの戦いは始まった。
彼女の友人が「え?なにこれ」とか言ってたのは気にしないことにする。俺は目玉焼きは半熟派だ。しかも熱々を食べて欲しいと言うこだわりがある。だからお弁当を作ってきて交換というわけにはいかなかった。学校の調理室を借りるのもいいかもしれないが色々面倒である。
「良いだろう!俺の家の台所でお互いの目玉焼きを作って勝負だ!!」
「望むところよ!!」
彼女の友人が「勝手にやってくれ」とか言ってたが気にしない。というか俺より彼女の方が気にすべきだと思う。
そうして学校から俺の家に直接行き、お互いに美味しいと思う目玉焼きを作って食べさせ合った。
「……なくはないが、おかずでもなければデザートとしてもいまいちだぞ……。」
そう言う俺に対して彼女はサクサクにトーストした食パンに乗せた目玉焼きを黙々と食べ進めていた。そうして黄身を零さずに器用にぺろりと食べきるとケロリとした顔で言った。
「まあまあね。独創性には欠けるけど。」
俺はその言葉にカチンときた。
「変な独創性なんて求めんな!!美味いものは美味いんだよ!!」
「別に目玉焼きに甘い味付けだってなかなか美味だと思うんだけど」
ああ!もう!どうにもならない!!
「こうなったら!絶対お前が美味しいって思う料理を作ってやるからな!!」
俺が彼女を指差してそう宣言すると彼女はにっこり笑って
「かかって来なさい。」
と言った。
そして現在である。学生だった俺は社会人になり、本日の俺は仕事で帰りがいつもより遅かった。蒸し暑い空気の中、汗をぬぐいながら歩く。
俺が学生だったのはそろそろ片手では数えられなくなるくらい前の話だ。……あの、彼女との約束がどうなったかと言うと……。
「……ただいま。」
ため息をつきながら自宅の扉を開ける。気が重いのはきっと、疲れているからってだけじゃない。
「お帰り!!今日の冷やし中華の味付けは胡麻シロップだよ!!」
「普通のゴマダレにしておけ!!」
「錦糸卵もハムもキュウリもワンチャン甘めの味付けとの相性がいいのではないかと。」
「キュウリにハチミツかけたらメロン味になるとでも思ってるのか?」
「ハチミツたっぷりのたれの冷やし中華って美味しそうじゃない?」
いつもは俺が料理をしているのだ。
だけどたまに仕事で遅くなると彼女は待ちきれないのか相変わらずちょっと意味が分からない系の料理を作るのだ。相変わらず、何年たっても彼女は俺の料理を素直に美味しいとは言わないし。
「私の料理、嫌い?」
彼女が項垂れる俺を覗き込むようにしてそう尋ねてくる。しかし、彼女の料理は決定的に不味くはないから困るのだ。俺はそんな料理をいつまで経っても嫌いだと断言できない。むしろ……
「私は好きだよ。あなたの料理。」
シロップみたいに甘い言葉に顔を上げれば、彼女が得意げな顔で笑っていた。
彼女が導く意味が分からない世界に出会ってしまったあの日から、どうにも彼女から目を離すことが出来ない。
それがどうにも困らないどころか、嬉しくて、意味が分からないほど幸せだから……まあ、仕方ないかな。
俺は諦めて胡麻シロップのかかった冷やし中華を口にした。
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