出発

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出発

駅に着くと、'最後の希望'と書かれた駅の看板の前で綺麗な制服を着た駅員が出迎えてくれた。 意外にもその他の村人達は見送りに来てくれていない。きっと第一乗車者に選ばれなかったことに嫉妬しているのだろう。 駅員が手に持ったクラッカー一つだけがパン、と鳴った。 ちなみに最後の希望というセンスのかけらもない駅名は、村長が独断で決めたらしい。 村の存続を託した最後の希望の駅だからだと聞いた。 「思い残すことはありませんか?」 駅員が僕の荷物を持ってホームに案内しながら言った。 この村に思い残すこと? 一生戻ってこないわけじゃないのに大袈裟だなぁ。 「ありません、早くこの村を離れて遠くに行きたいです。」 「そうですか。」 駅員はニッコリと笑って僕の荷物を下ろした。 ホームには例の一両編成の列車が止まっている。 森に囲まれた駅にあるせいか、鉄の塊のそれは近くで見ると異様な存在感を放っていた。 それに、とくに気になったのは'窓が無い'こと。 窓のないそれは端から端まで真っ黒なデザインになっている。 「なんで窓がないんですか?」 「山を越える途中に獣が襲ってきた際、窓を割られる可能性があるからです。なるべく丈夫な作りになっています。」 「そうなんですか。」 長い電車の旅になりそうなので、外の景色も楽しもうと思っていたが、そういうことなら仕方がない。 駅員がどうぞ、というように僕を列車に促した。 列車の行先は '遠く'と表示されている。 僕達の想いが反映されているようだ。 「村長から伝言があります。」 僕が荷物を受け取って列車に乗り込もうとした時、駅員が言った。 「はい、なんでしょうか。」 「ありがとう。君達は村の希望だ。と。」 僕はその言葉の意味を理解できなかったが、取り敢えず頬を上げてお辞儀をした後に列車に乗り込んだ。 列車の中にはすでに他の三人が乗車していた。 壁に沿って一直線に並んだシートに、手前から女二人、男一人。 皆、僕と同い年くらいだと思われる。 生まれた時から畑仕事しかしてこなかったので、同世代の人間とこのような空間に一緒になることは初めてだ。 「あれ?ヒロムじゃん。」 よく見ると、一番奥に座っていた男は知っている顔だった。 「トウマ?お前も選ばれたの?」 トウマは近所の八百屋の息子で、親同士が仲が良かったのでよく遊んでいた仲だ。 知った顔を見て少し安心した自分は、無意識のうちに心のどこかに不安を抱えていたんだと思う。 「うん。こっちはリカで、こっちはシオリ。」 短い髪のリカが手を振って僕に微笑む。 長い髪のシオリは無愛想に浅く頭を下げた。 「僕はヒロム。よろしく。」 トウマの隣に座った時、列車の扉が閉まり、 地響きのような音がゴウンゴウンと鳴り出した。 出発するようだ。 「楽しみだよな。村の外ってどうなってんのかな。」 トウマがそわそわしながら言った。 「どうなってるんだろうね。書物のとおりなのかな。本当にクルマ?とかいう乗り物が走ってるのかな。」 「ああ、それは本当らしいぜ。父ちゃんが見たって言ってた。」 「トウマのお父さん村の外に出たことあるの?」 「一回だけ。村長にお供したみたい。」 「へー。すごいね。」 「相当過酷だったらしいぜ。もう絶対行かねーって言ってた。」 「はは。言ってるのが想像できる。」 「ねえ、煩いんだけど。黙っててくれる?。」 シオリはゴミを見るような目で僕とトウマを見て言った。 その目は長くみていると凍ってしまいそうなほど冷たい。 「おいおい、仲良くしようぜ。長旅になるんだから。」 「あなたと仲良く?。猿と仲良くなるより難しいわね。」 「それどういう意味だよ。」 まあまあ、という風にシオリをなだめたリカ。 僕も真似をしてトウマを落ち着かせようとしてみた。 これから夢が叶うおかげか、トウマは思ったより落ち着いていた。 トウマだけじゃなく、それは僕もリカも、もちろんシオリもだろう。 口ではああいう風に言っているが、表情は希望に満ち溢れている。 感情表現が上手ではないのだ、きっと。
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