違和感

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違和感

「ねえ、なんか寒すぎない?」 会話が無くなりしばらくしてリカが異変に気づいた。両手で自分の肩を摩っている。 「確かに。寒いな。俺ちょっと運転手に言ってくるわ。」 トウマが立ち上がって、一歩歩み出したところでピタリと止まった。 首を傾げる。 「トウマ、どうした?」 トウマは天井を見上げ、顎に手を当てながら考えている。 「なあ、ヒロム。」 「なに?」 「そういやあ、この列車、運転席ってあったか?」 僕達は全員で目を丸くして顔を合わせた。 その言葉の意味を理解するのに僕達は時間がかかった。 揺れない吊革が重力のなすままにぶら下がっている。 「この列車ってちゃんと進んでるのかな?」 言葉にしたのはリカだ。 「外見えないしわからないよね。僕、書物で読んだことあるんだけど、列車って揺れるものじゃないの?」 「確かに全然揺れてない。山道を進むんだから、こんなに揺れないのはおかしいよね。」 「じゃあこの音はなんだ?」 トウマが耳に手を当てて聞くそぶりを見せた。 僕も気になっていたが、この列車が進んでいないとしたら、この重低音は何なのだろう。 ゴウンゴウンと何やら機械のような音。 「うちの冷凍庫に似てるわ。」 シオリが冷静に呟く。 文字通り僕達はその言葉に凍るように最悪の想像をした。 「冷凍庫…。」 「ねえ、やめてよシオリ。私、そんな冗談嫌いだから。」 トウマが足元を見ている。 目線を追うと、床がピシピシと音を立てて凍り始めていた。 「まさか…。」 トウマが扉に向かって走った。 ガンガンと扉を右手で激しく叩く。 鉄でできた扉は重たい音を響かせるだけでビクともしないし、扉の向こう側からの反応も全くない。 「おい!ちょっと列車止めてくれ!寒いんだ!」 列車内にトウマの声が響いた。 「どういうこと、ねえ、私、理解が追いつかないわ。」 リカは震えながら戸惑う。 白い息がたくさん口から漏れていた。 僕もトウマもシオリも。 「ダメだ、開かない。」 冷静になったトウマが諦めて戻ってきた。 歯をガチガチと震わせている。 「なあ、トウマ。今、僕が思ってる事とトウマが思ってることって同じことかな。」 「俺たちは殺されるってことだろ。」 「そう、だよね。」 「いや!やめて!冗談でも言わないで!」 白い言葉を叫ぶリカの横でシオリの身体も震えていた。 僕達の最悪の推定に合致するように、列車内の気温は低くなっている。 きっと僕達はこのまま凍死させられるのだ。 「俺、実はずっと違和感だったんだ、村長の言葉。最後の希望って、ただ村の外に出る人間に向かって言うセリフじゃ無いよな、って。なんだ、なんかもっとこう、俺たちは、」 「生贄。」 シオリがボソリと呟いた。 「はは、そう、その通り。俺たちは生贄なんだよ。食糧難から村を救うための生贄。ウケる。」 「別の言い方をすれば、単純に村人を減らして食糧難を改善するってことだね。村長の言葉もそうだけど、窓の無いこの列車も…。」 「ああ、おかしなところばっかりだな、まったく。なんで俺たち気づかなかったんだろうな。」 「いや!いや!私まだ死にたくない!村の外見るまで死ねない!」 リカが扉の側まで這いつくばって行き、叩きながら叫んだ。 僕は動く気もしない。 騙されていたことには腹が立つけど、もう閉じ込められてしまったからにはどうしようもない。 これが僕達の単なる被害妄想であることを祈るだけだ。 「なんでみんなそんなに冷静なの!?」 リカがそういうと、シオリが笑った。 「冷静も何もまだ妄想でしかないでしょう。」 シオリは震える身体で強がっているようにも見える。 ただ、シオリの言う通り、これはまだ妄想。 まだ僕達は死んでいない。 「シオリの言うとおり。まだ俺たちの妄想でしかない。」 「列車のクーラーが故障しただけっていう可能性もあるよね。」 「ああ、それだ。それが一番平和だな。」 僕達はそう言いながらもわかっていた。 クーラーの故障だけで、ここまで瞬時に気温が下がることはあり得ないだろうし、シートが凍り始めるほどの気温になるわけがない。 それでもそう思う事で希望が絶望に変わってしまわないようにして正気を保つしかなかった。 そうしなければ今にでも意識が飛んでしまいそうだったから。
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