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月曜日の「思い出」
男が勤める会社は、ブラック企業であった。
長時間労働は当たり前、家は寝に帰るだけの場所と化し、三年前に生まれた娘の顔もろくに見れない日々ばかりが続く。
しかし就職難なこの時代、三十路を過ぎた男には、転職の希望は持てなかった。机にかじりついてでもこの仕事をなくすわけにはいかない。娘も妻も養っていかねばならないのだ。
男はふぅ、と溜め息をついた。もうすぐ十二時である。今月はもう三週間連続で働いている。こうなってくると、空腹なのか寝不足なのか分からず、前後不覚に陥ることも少なくない。今日も昼食を食べる暇はなさそうだった。しかし、食べるものも食べなければ身体が持たない。残業はいつものことだ。上司に怒鳴られることは目に見えていたが、せめて昼食くらいは取ろうと、男はパソコンの電源を切った。
男の会社は海の近くにあった。オーシャンビューというとカッコだけはいいが、潮風に吹かれて建物は老朽化が進むし、夏が近づくこの時期は蒸し暑くてたまらない。
いつもの牛丼屋に行こうと道を歩いていると、ふと、ある水色のこじんまりとした店が目に入った。
男は首をかしげた。こんな店、今まであっただろうか。
実際、この道は何度も歩いているけれどこの店を見たのは初めてだった。新しくできたのかもしれない。
何となく興味が湧く。
「夢売り」などと言う洒落た名前は、ただの店名だろうか。それとも、本当に夢を売ってくれるのだろうか。
昼食を取りに出たことなどすっかり忘れて、男はカランカランとベルを鳴らして扉を開けた。
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