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「いらっしゃいませ」
男が中に入ると、一人の青年がコーヒーを挽きながら男に視線を向けて言った。
男は少々がっかりしていった。
「ここは、やっぱりただのカフェなんですか」
青年は首を降った。
「いいえ。ここは、夢を売るところです。
まぁ、ある意味カフェですね。メニューにあるのは夢ですが」
男の心臓は高鳴りだした。
「夢って、あの寝ているときに見る夢のことですか」
「はい」
「どんな夢でも、見れるんですか」
「はい」
「あの…代金は幾らくらいなんでしょうか」
青年は苦笑した。
「心配するのは、お金のことなんですね。
夢を見るときに、私が用意する飲み物を飲んでもらいます。お代はその飲み物くらいです。高くて千円もかかりません」
男は安堵の笑みをもらした。
「じゃあ、頂けますか。一つ」
「どんな夢をご所望で?」
「妻と…娘と過ごした日々を」
男は目を遠くへとやった。もうニ年近く前の話だ。あの頃はまだ、今より少しは家族と過ごす時間があった。
青年はさっきまで挽いていたコーヒーを、ゆっくり時間をかけてカップに注いだ。
店の中にコーヒーのいい香りが広がる。
男は香りに惹かれて、カウンター席に引き寄せられるように座った。
しばらくして、青年は、コト、と静かに男の前にコーヒーの入ったカップをおいた。
黒い闇が延々と広がっている。
「ブラックがおすすめですが、ご自由に、砂糖とミルクをお使いください」
まろやかな味を飲む気にはなれなかった。男はそのままのコーヒーを口に運んだ。
ゴクリ、と飲み込んだ瞬間、鼻の奥をコーヒーの香りが優しくくすぐり、男は眠りに落ちた。
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