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カウンターに突っ伏した腕に、男の涙が伝う。
青年はそれを、黙って見ていた。
しばらくして男が起き上がる。
「…夢は、いかがでしたか」
男は涙を拭った。
「とても良かったよ。幸せな日々を思い出せた」
今はもう、自分にあんな朝は訪れない。休日も仕事だし、たまの休みにも寝てばかりだ。
「そうですか。楽しんでいただけて、なによりです」
青年はつぶやくように言った。
男は微笑んで立ち上がった。
「お代は、幾らかな」
「コーヒー一杯で、三百五十円になります」
男はきっちり払うと、扉に手をかけた。
出ていく前に、青年を振り返って尋ねる。
「そういえば、君は一体何者なんだい?見させてほしい夢を見せてくれるなんて…」
青年は微笑んで、人差し指を唇にあてた。
「それは、企業秘密です」
男はふふっと笑った。そして、そうか、と呟いた。
不思議は、不思議のままで、いいのかもしれない。
今度こそ、男は、カランカランと扉を鳴らして、扉の向こうの、眩しい光の中へと歩いていった。
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