水曜日の「記憶」

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「いらっしゃいませ」 老婆が中に入ると、青年が言った。 中も人も外と同じようにまるでカフェである。しかし、アンティークを用いているからか落ち着いた店内は、フランチャイズの、若者が好みそうなそれとは一味違って見えた。 好きなところにお掛けください、という青年の言葉に、さんさんと日の当たる角の席に座る。一番暖かそうだった。 「このお店は、本当に夢を売ってくれるの?」 座って、息を整えると老婆は尋ねた。この歳になると歩くだけで体力は削られてしまう。 青年はうなずいた。 「夢を見ることはできますが、そのために僕がお出しする飲み物を飲んでもらいます。それでもよろしければ」 老婆は言った。もちろんよ。 「どんな夢を、ご所望ですか」 「一年前に死んだ夫に会いたいの。たとえ夢の中で、でも」 青年はわかりました、と言って、戸棚から茶葉を出した。 「この葉は、静岡県で採れた特注の茶葉です。独特の香りとともに、味をお楽しみください」 すでにお茶は入れてあったらしい。お盆に乗せたそれを老婆のもとに運んでくる。 「どうぞ」 差し出されたお茶に、吸い寄せられるようにして老婆は口をつけた。 お茶の香りを鼻の奥で嗅いだ瞬間、老婆は眠りに落ちた。
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