ハッピーエンドは用意周到

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「さて、今日はこの辺りで野営するか」 「野宿ですか」 「俺の持っているテントを使うか?」 「いえ、田舎育ちなので平気です。お構いなく」 夜の森は危険だ。 夜行性の動物たちが活発に動き出す上、視界は暗く身動きが取りづらい。 ノアとクラウスも、辺りが薄暗くなってきたところで、足を止め野営の準備にはいった。 クラウスは薪を組み、火の魔法を詠唱してたき火を作った。ノアも寒気の遮断と魔物よけ効果のある、簡単なシールドを張った。 これでよし、とノアは大きな木の根に腰をおろして持ってきた荷物の中を漁った。 たくさん動いて腹の虫が鳴いている。普段ほとんど食べないノアも流石に何か食べないと体力が持たない。目当てのものを掴み、ノアはもそもそと食べ始めた。 「おい」 すると、クラウスが戻ってきた。手には水筒と桶いっぱいの水を抱えていた。 「何ですか?あ、水汲んできていただいて、ありがとうございます」 「別にいい。それよりお前、飯は」 「え?今食べてますけど」 「それは薬草だろ」 「ええ、ですから薬草がご飯なんですが」 何を言っているのだ、この人は、とノアはもしゃもしゃと緑色の野草を頬張っていた。 薬草は万能だ。 つぶせば薬になるし、摂取すれば魔力も少し回復する。 おまけに学校の庭で大量に栽培されているので、こっそり盗っても誰も何も言わない。普段からのノアの主食であった。 …まあ草は草なので味はいまいちだし満腹感はないが。 クラウスはそんなノアを見て、顔をしかめる。 「…ちょっと待て、ステイタス確認させろ。」 「え?ちょっと!何勝手に見てるんですか、プライバシーですよ!」 ノアの発言をスルーし、クラウスは素早く状態(ステイタス)開示の魔法を展開し、ノアの様子を調べた。途端、彼にしては珍しく表情を変えた。 「待て、お前…HPの最大値も恐ろしく低いが、常時飢餓!?歩くだけでHP削られている状態じゃないか!常に気絶一歩手前で動いてたのか!?」 「あーそうなんですよ、生まれつき」 「阿呆か、栄養不足なだけだろう。怪我の治りも遅いわけだ…」 「でも飢餓状態では死にませんし、薬草食べればHP回復しますし」 「そういう問題じゃない!!」 クラウスが突然大声を出したので、ノアはびっくりして飛び上がった。 「な、なんですか急に…何で怒ってるんですか?」 「………。」 ドキドキと鳴る胸を押さえるノアを、クラウスは見下ろした。眉を吊り上げ、一気に不機嫌な表情になった彼は、なんてことだ、ありえないとぶつぶつと文句を垂れながら、自身の荷物の中から袋を取り出してノアに渡してきた。 「食え」 「え?」 「いいから」 ノアが袋の中を覗くと、干し肉やチーズ、パンなどの保存食がぎっちり入っていた。 見ればわかる、美味いやつだ。 特に肉などここ最近口にしていなかったノアは思わず手が出そうになったが、ハッと我に返り、クラウスに袋をつっ返した。 「結構です。クラウスさんの分でしょう?」 「いいから食え!」 「お腹いっぱいだからいらないです」 「………。」 ノアがツンとした態度で断ると、クラウスは急に黙った。 と思えば、 「え」 ぐいっとノアの右手を掴んで引き寄せた。突然のことに対応できず、されるがままノアは彼の方に倒れ込む。あっという間にあぐらをかいた膝の上に抱き込まれてしまった。 「ちょ、ええ!?何するんですか!」 「自分から食わないなら、食べさせてやる」 「え、はあ!?」 言いながらクラウスは袋の中をあさり、パンを取り出した。それを一口大にちぎり、ノアの口元に持ってくる。 「口開けろ、ほら、あーん」 「や、やめてください!恥ずかしい!」 いや、ほんとに恥ずかしい!なんでこの人こんなに強引なのっ!? ノアはクラウスの意味不明な行動に必死で抵抗し、なら自分で食べます!と言ってなんとか難を逃れたのだった。 たき火を前に、隣同士に座るノアとクラウスは無言で食事をとる。 「…アリガトウゴザイマス。オイシカッタデス」 「そうか」 渡された食事をすべて食べ終え、久しぶりに満腹というのを味わったノアに、クラウスは微笑んだ。 その、よしよし、偉かったぞと言わんばかりの表情に、赤ちゃんか?私は。一応長女なのに…とノアは少なからずダメージを受けたのだった。 とまあ、そんなちょっとしたハプニングはあったが、その後『採集』自体は順調に進んだ。 クラウスは宣言通りどんな魔物が襲ってきても瞬時に退治したし、安全で歩きやすいルートを導き出して提案、またノアがへばっているとすぐに気づき、回復魔法をかけてくれた。 ――な、なんだこいつ、完璧かよ… そんな完璧超人の完璧たる様を見て、ノアは次第に嫉妬すら沸かなくなっていた。 実技試験開始から二日が経過し、現在、二人は洞窟の中の鉱物や苔を採集していた。 そんな素材集めも終盤に差しかかった頃、クラウスが唐突に話しかけてきた。 「ところで、そろそろ返事をくれないだろうか」 「…え?なんの?」 ここまできてノアもだいぶクラウスに慣れてきたので、敬語はやめ、砕けた口調になっていた。中腰で目的の素材を探しながら、ノアは素直に答えた。 「手紙の返事に決まっているだろう」 「手紙?私、クラウス君から手紙なんてもらったことないけど」 「何だと?」 背後でぴたっとクラウスが動かなくなった気がした。 が、素材探しに夢中のノアは気にせず、そのまま鉱物を手探りで探す。 あーこのグローブもうダメだ。無事卒業したら新調するか、いや、もう採集に出る事はないからいいか?いや… と擦り切れてきた己の装備を気にしていると、クラウスからまた話しかけられた。 「…なにを言っている。いままでどれだけ手紙を送ったと思っている。お前の部屋に届いていただろう?」 「は?」 今度こそノアは振り向いた。 仰ぎ見たクラウスの顔は真剣そのものだったが、知らないものは知らない。 というか。 「クラウス君の手紙って…シャルロットのでしょう?」 「……?」
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