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今度こそクラウスは絶句した。
そして、もーいいですか?と作業に戻ろうとするノアを、待て!と制止する。
「いや、手紙だけじゃない、贈り物も届けたはずだ、それは…」
「え、だからそれも彼女への贈り物でしょう?」
「待て、もしかして…今まで俺が送ったもの、全部…」
「?」
「なんてことだ、あのクソ女…」
ノアには何が何やら全く分からない。
そういえば、恋人の話はクラウスから道中聞いたことがなかった。
もしかしたらシャルロットとは喧嘩中なのかもしれない。
『思い出させてしまったのかな、それは悪い事をした』とノアはのんびり思った。
「なに言ってるか分からないけど、とりあえずそこにある輝石取らせて」
「………。」
「よし、こんなもんか。素材はあと3つ、もうすぐ終わりそうだ…ね…?」
「………。」
反転。
クラウスの方を向くと同時にまた強引に手を引かれたノアは、洞窟の壁のへ追いやられた。
そしてクラウスはその両腕で彼女の小さな身体を閉じ込めてしまった。
「…元はといえば、お前が悪いんだよ、ノア」
「へ?な、ななな、なにがっ!??」
またも急展開に、ノアは慌てふためく。
というか、顔がすごく近い。
クラウスの透き通った蒼だが、どこか昏い目がノアをじっと見つめて離さない。
「ずっと寮と教室の往復で、会うチャンスがない。流石の俺もセキュリティ万全の女子寮に忍び込むのはリスクが高すぎて断念した…。たまに行くとしても俺のIDカードじゃ入れない普通科専用の図書室。クラブにも所属していない、夜ごと行われるパーティにもイベントにも顔を出してこない」
「え」
クラウスは恨み言のように雄弁に語った。
「しかも、今時の女子学生のくせに、お前は通信手段のひとつも持っていない。引きこもりにもほどがある」
「あ、それはスミマセン」
通信する友人もいないし、家族には伝書を送っているので、とつぶやくと、じとっとクラウスはノアを責めるように睨んでくる。
「だから、せめて俺の気持ちを伝えようと、手紙や贈り物を送っていたのに、まさかただのひとつもお前に届いていないどころか、あのピンク髪のクソ女に横取りされているとは。お前、一人部屋じゃなかったのか」
「え、あ、シャルロットは途中で編入してきた転校生で、二人部屋に…」
「今までの俺の苦労はなんだったんだ…」
はあ、とクラウスは壁に両腕をつきながらため息をついた。
「まあ、いい。やっとこうやって会えたわけだからな。無理言って卒業試験にこぎつけた甲斐があった…」
「へ?」
「ノア、卒業したら、俺と結婚してほしい」
「は?」
急 展 開 。
というかさっきから私、疑問符しか出してないんですけど!?
ノアは高速で首をブンブン振った。
「いやいやいや!あなた、シャルロットの恋人でしょう!?」
「だから違うと言っているだろう。それはあの女が勝手に言っているだけだ。俺が好きなのはお前だ」
「えええ!?」
それこそ、なんで!?
ノアはクラウスの台詞に目を白黒させた。
「村に幼い兄弟がいるんだろう?まとめて養ってやるから、うちに嫁に来い。」
「う」
しかも身分も家族構成も把握されている。
「生活に不自由はさせないし、卒業後のお前の就職も支援する。悪い条件じゃないだろう?」
「うう!」
そして、これ以上ないほどの好条件を繰り出してきている。
流石、完璧な人間は交渉も非常に上手だ。思わず頷いてしまいたくなるくらいのメリット。
――いや、しかし、こんなウマい話があるわけない!
「…何が狙いなの。」
ノアは追い詰められたネズミのような気分になりながら、目の前の男に静かに尋ねた。
「狙いとは、なんだ?」
「だ、だって私と…けっこん、してメリットなんかないじゃない!」
「お前に惚れたからに決まっているだろう。それ以上なにがある」
「ええ!?」
「なにを驚いている。」
そう言ってクラウスはノアの頬に手を触れた。
瞬間、ノアの心臓が跳ね上がる。
今まで学業に全力投球してきたノアは、俗に言う恋愛経験ゼロ女。それが、こんな至近距離でイケメンが顔を近づけてくるなんて――完全に許容量(キャパ)オーバーだ。
――待って待って、マジで無理だから!!
ノアは心の中で悲鳴を上げた。
「待ってよ!ちゃんと聞かせて!」
「む、何だ」
「そもそも、何で私を知ってるの!?さっき会うチャンス全くないとか言ってたのに!」
「名前だけは入学時から知っていた。常に成績が俺に次いで2位のノア」
「黙れ、刺すぞ」
「いいぞ、お前に刺されるなら本望だな」
話が進まない。
ノアは、冗談に冗談で返す男を違う!と叱った。
「…じゃ、なくて!名前だけでどーやって、す、好きになるっていうの!」
ああもう、自分が自意識過剰のようでなかなか口に出せない!
ともかく、この頭がどこかオカシイ貴族様は、何がどうしてノアを気にかけるようになったというのか。
ノアに促されると、クラウスは少し思い出すようなそぶりを見せた。
「去年だったか、上級生の女子学生から、ハンカチをもらったんだ。校章が見事に刺繍されていた。自分で一針一針愛情をこめて縫ったと言っていた」
「そ、そう…。それで」
それは、明らかにノアお手製の商品だ。ノアはうわ、と心の中で思った。
まさかクラウスに渡す女子がいたとは。
「今日日、魔法も使わず手作りで刺繍する奴がいるとは、と気になって調べた。そうしたら、売店で売っていたものと知って」
そんで、すぐにバレてますね。
はは、とノアは乾いた笑いをもらす。
「売店に行ってみたら、商品を並べている女子学生を見かけたんだ、ノア、お前を」
「…なるほど」
ノアは、おそらく出品した商品チェックの時だろうな、と思った。ご存じの通り出不精が故、寮と教室以外は外出しないノアだが、売店への出品の時は商品を納品・検品する必要があった。
「それから、小さくて可愛らしいノアを目で追うようになって、いつしか好意に変わって行ったというわけだ」
ちなみに、お前の作ったものは逐一チェックしているぞ、とクラウスは軽くストーカー発言もこぼした。
――いや、いくらイケメンだからって、それはちょっとキモイんじゃないか。
ノアの作るものは、多くが女子向けの可愛らしい小物だ。大柄の男子生徒が毎度売店をチェックするのはかなり不自然だと思うんだけど。
と、ノアは若干引いていたが、クラウスは気にせず言葉を連ねる。
「家族のために学業に打ち込む姿も好ましい。俺をずっと追いかけてきてくれたんだろ?そんな気概のある女は、どこを探してもいない」
「…追っているつもりはなかったけど」
「俺は追いかけられてたつもりだった」
ノアが 苦し紛れにぽつりと言い返した言葉は、爽やかに流された。そして、
「ノア」
「わっ、ちょ、」
クラウスはがしっと両手でノアの手を包んだ。彼の大きな手はすっぽりとノアの手を覆ってしまう。
ノアの顔にカッと血が上った。
「努力家で、家族思いで、いつも一生懸命なノアが好きだ。頼む、俺の妻になってくれないか。」
クラウスは懇願するように言った。ノアがクラウスを見返すと、キラキラと輝く蒼い瞳と目があった。
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