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世の中は不公平だ。
富める者は多くを手にするが、貧しい者には与えられない。裕福な人は生まれた時から華やかな生活を約束されるが、貧乏人は厳しい生活を余儀なくされる。
生まれもったステイタスは変えられない。それは、子どもでも知っている、ごく当たり前の事実である。
しかし、人生諦めてはそこで終わりだ。スタートラインが不利でも、後の努力でなんとかできる。
貧乏人からまともな人間に成り上がれる、一発逆転のチャンスがあれば、何が何でもしがみつくべきである。
そう、貧乏人だって!
たとえ極貧の村生まれで、両親はすでに亡く、幼い弟妹を4人ほど抱えて、毎日生活費を工面しなければ飢えて死ぬレベルであっても!
努力すれば!なんとかなることだってある!!
――と信じて。
日々勉学に勤しむ苦学生がここに1人。
図書館の隅を陣取り、人も殺せそうなほど分厚い書物を何冊も積み上げ、『話しかけたら殺す』とばかりの闇のオーラをまとい、鬼気迫る勢いで羊皮紙に文字を書き連ねてレポートを作成していた。
学生の名は、ノア。平民故、名字はない。
カラスのように真っ黒な髪に黒い瞳。そして黒いローブを着ている。
性は女、歳は16。
華の学生生活すべてを勉強に費やす、残念な女子学生である。
性格は卑屈、陰気、負けず嫌い。あと、富裕層に対して並々ならぬ敵意を抱いている。
前述のとおり、彼女自身非常に貧しい身分であり、毎日ギリギリの生活をしているので、単純にソレには嫉妬と呼べるものも含まれているが、特に勉学に励むわけでもなく日々面白おかしく暮らし、カネの心配をしたこともないような坊ちゃん嬢ちゃん貴族を死ぬほど嫌っている。
机に噛り付いているノアを見て、幾人かの生徒が『がり勉の貧乏人』、と、くすくすと笑いながら通り過ぎたのを見、彼女はぼやいた。
「うるさいな、見てろ、今に、立派な魔法研究学者になってやるんだから!」
校庭で勝手に採取した薬草をかじりながら、ノアは猛烈なスピードで課題を仕上げていった。
この王国で、『魔法』と呼ばれる便利なチカラが突如として発現してから十数年。
現在、魔法を操ることができる『魔力』を宿して生まれる者も増えてきた。
しかし、人智を超えた『魔法』の研究は未だ発展途上。優秀な魔法使いあるいは魔女を育成するべく、この王国では魔力のもつ子供は、誰でも無償で国立の魔法学校に通うことができる。
そう、魔力さえあれば庶民でも魔法使いになれるチャンスがあるのだ。学びの場があり、授業も無料で受けられる。
このチャンスを逃してなるものか、とノアは常々思っていた。
故郷に残してきた弟妹たちには、残念ながら魔力はなかった。故に、一家の家計を支えるのは長女であるノアしかいない。
彼女の人生最大の目標は、現在彼女も在籍している魔法学校に就職し、魔法を研究する学者になることだ(解明されていない部分の多い『魔法』を研究する学者は、高い給金を約束される、当世で花形の職業であった)
その前段階として、目下の目標は、死ぬ物狂いで勉強して首席(トップ)で学校を卒業することだった。
「っしゃあ、魔法社会学のレポート終わりっ!!」
順調に調べ作業と書き物を進め、課題を終わらせたノアは、机から身を起こして伸びをした。
時刻はちょうど18時を過ぎたところだった。授業が終わって速攻図書館にこもったので、ずいぶん長いこと没頭していたなあ、とノアは思う。
広げた羊皮紙やインク壺などの後片付けをして、ついでに分厚い書物を数冊借りて図書館を後にした。
図書館を出て暗い廊下を抜けると、女子学生の黄色い声が聞こえた。
なんだろうと顔をあげてみると、前方には貴族女子サマ方の集団、そして。
「げ」
その中心には、ノアが最も苦手とする人物。しかもばっちりと目が合ってしまった。ノアは思わず苦い顔をした。
クラウス・フォン・べレスフォード。
彼は、この学校で一番人気のある男子生徒だ。壁を作っている女子生徒はみんな彼のファンらしい。
両親は名門貴族、成績は常に首位、学内で1・2を争う剣術の使い手、さらに金髪碧眼の整った顔立ち。
――全く、嫌味しか感じない男だ。
何もかも持っている富める者代表のような彼を、ノアは一方的に嫌っていた。
あらゆる分野で、クラウスには敵わない。彼が常に首位にいるせいで、ノアは次席。ノアが必死に努力して獲得している点数を、彼は飄々と超えていく。しょせん、庶民は貴族には勝てないのだと思い知らされているようで、ひどく惨めになるのだ。
一瞬合ってしまったような気がする視線をそらし、足早に廊下を歩いた。
「クラウス様!こちら私が作ったお菓子です、受け取ってくださいませ!」
「私も!」
「うわっ!」
だが、女子集団を通りぬけようとしたところで、女子の一人にぶつかり、ノアはつまづいた。両手いっぱいに抱えていた分厚い本と勉強道具が宙を舞う。
――やばい、転ぶ!!
ノアは反射的にぎゅっと目をつぶった。
しかし、予想していた衝撃はいつまで待っても訪れない。
不思議に思っておそるおそる目を開けてみると、後ろから右手をつかまれていた。
「フラフラしてるんじゃない、危ないだろう」
ノアが天敵認定している、クラウス本人に。
放り出してしまった本やその他の道具も、ご丁寧に風魔法でまとめて返してくれる。
ッはああああーーー?!!!この、くそ貴族が!こっちは貴方様の取り巻きがぶつかってきたせいで転びかけたんですけど!
という言葉が出かかったが、ぐっと飲み込んだノアは、
「…ドーモ、ありがとうございました」
じとっと睨みつけながらも御礼はちゃんと言った。ただし、つかまれた右手は思いっきり払う。そのまま、振り向きもせず寮へ向かった。
別に、後ろからの女子生徒の視線が怖かったからではない。断じて違う。
奴に関わるとろくなことがない。卒業までなるべく接点をもたずに過ごしたいものだ、とノアは改めて思った。
――しかし、取り巻きのようなファンたちも毎度毎度、よくやるなあ。
当然と言っては当然だが、完璧超人で嫌味な男、クラウスには彼女がいるのに。
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