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「あ〜あ、もう花も終わりだわ」
いつの間にかハーブたちも花を付けるのをやめていた。窓の外の木々も茶色くなった葉っぱを脱ぎ捨て裸になっていた。
「もうじき冬が来るんだね」
そんな会話を娘としていると、オバさんが自分の体ほどの大きさのスーツケースを持ってやって来た。
オバさんはスーツケースを脇に置くと正座をし、三つ指付いて丁寧にお辞儀をした。
「え? どうしたの、オバさん」
「まさか、どっかへ行っちゃうの?」
涙目で娘が聞いた。
オバさんは南の方角を指差し、笑顔を見せた。
「お花の咲いている所へ行くんですね」
オバさんはコックリとうなづいた。
「あったかくなったらまた来てくれる?」
オバさんはニッコリ笑ってうなづいてくれた。
「オバさん、ちょっと待って」
私は慌ててキッチンの棚からガラス瓶を持ってきた。中身をキャンディ1個入るくらいの小さな袋に少し入れた。
「これ、カモミール。天日で乾燥させてあるから。飲んで下さい」
差し出すとオバさんは嬉しそうに受け取ってくれた。その時初めてオバさんの手に触れた。冷たかった。元々冷たいのか、それとも更年期の冷え症で冷たいのかは分からないが、とにかく冷たかった。これは引き止めるのは悪いと思った。
「オバさん元気でね。絶対にまた来てね!」
娘はベソをかいていた。私もつられて涙を流していた。
そしてオバさんはスーツケースの蓋を開けた。中には何も入っていなかった。オバさんがスーツケースの中に入り腰を下ろすとスーツケースはゆっくりと浮き上がった。オバさんを乗せたスーツケースがスルスルと上昇する。スーツケースが娘の目の前で停止するとオバさんは娘の頭を撫でてくれた。
ひと回り私と娘の上を旋回し、スーツケースは沈みかけの太陽に向かって飛んで行った。どうやって窓ガラスを通過したかなんて事はどうでも良かった。
ただ、オバさんを乗せたスーツケースがオレンジ色の空の向こうへと飛んでいった。
「オバさ〜ん!」
娘と2人、おいおい泣きながら遠くへと消えていくオバさんを見送った。
「また立派なカモミール咲かせておくから、絶対また来てね〜〜!」
〈終〉
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